「紙の月」吉田大八

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ありがちな話である。ありがちに女性銀行員が年下の若い男と不倫をし、ありがちに横領をする。ありがちに愛を確認するためにロレックスやカルティエの腕時計をプレゼントに贈り、銀行の次長は女性行員とありがちに不倫をし、隠し口座を作って数字を誤魔化したりするが、女性行員はお堅い公務員とアッサリ結婚したりする。べテラン女性行員は辞めろとばかりに銀行から本社総務に異動を命じられる。どれもこれもありがちな話だ。

共感できる映画ではない。なぜ梨花(宮沢りえ)が表向き平穏な家庭を捨ててまで、若い男との激しい恋に落ちたのか?あるいは、なぜ彼女は若い男を助けるために銀行の金を横領までしたのか?心理的動機がしっかり描かれているわけではないので、観客は主人公に共感などできない。だから感動するタイプの映画ではない。なんだかなぁ~と、ちょっと虚しくなる映画である。この世の中ってなんなのだろう?本当ってどこにあるんだろう?なんて考えながら、虚しくなる映画である。

ただ、映画としてはとても優れた映画だった。窓ガラスをたたき割り、銀行の部屋から逃げ出し疾走する宮沢りえはやはりカッコよく、インパクトのある映像になっている。横領を見破って「あなたが行けるところはここまで」と引導を渡そうとした小林聡美の目の前で、窓ガラスを叩き割り、「一緒に行きますか」と挑発しさえする。ありがちの世界を一気に飛び越える。

何よりこの映画はキャストの誰もが素晴らしい。難しい役どころを見事に演じきった宮沢りえ、彼女をそそのかすような現代っ子の同僚、大島優子が意外にいい(TV「安堂ロイド」でも好演していた)。そしてなんともいい加減な男の子を演じた最近やたらと出まくっている池松壮亮(「MOZU」「海を感じる時」にも出ていたが、つかみどころがない役がうまい)、いかにもいそうなエロ上司の近藤芳正、さらに梨花の横領を見破る小林聡美の無表情な演技が本当に素晴らしい。

さて、この映画はバブル期以降の銀行員の横領事件を描いた男女のもつれが発端のワイドショーネタになるような下世話な話だ。そんな下世話でありがちな話でありながら、どこか現代社会を洞察する鋭い映画になっているのはなぜなんだろう。これは恋愛ドロドロの映画ではない。お金についての映画である。資本主義的欲望と快楽、お金をまわし、使うことをめぐる物語だ。

小林聡美は「預かったお金がどう流れていくか」に興味があり、石橋蓮司は「お金を殖やせ」ではなく、「増えた利子でお金を使うことを楽しめ」と梨花に言われたことに興味を持つ。カトリックの女学生時代、恵まれない子供たちに寄付することの正しさのために、父の財布のお金を盗んだ梨花は、好きになった年下の恋人の学費のために、恋人の祖父の預金を横領する。恵まれた者たちの貯蔵されたお金を、恵まれぬ、貧しき必要な人たちにまわすことは、理屈の上では同じだ。寄付と横領。資本主義とはお金を回すことで経済が成り立つ。紙のお札を価値あるものとして約束事を作り、消費する欲望こそが経済を動かす。ボケ気味のおばあちゃん、中原ひとみはニセモノであることを知りつつも「きれいだからいいじゃない」と高価なアクセサリーにお金を出す。お金がまわれば、経済がまわり、社会が成立する。ニセモノでもあぶく銭でも金がまわれば繁栄する。法的な約束事があるかないかを別にすれば、この世の中はみんな幻想=「紙の月」で動いているのかもしれない。「紙の月」を「本物の月」と思っているだけかもしれない。その約束事やルールを一度踏み越えてしまうと、その境目は一気に崩れる。資本主義的快楽に身をゆだね、自分ではどうしようも出来なくなる。バブル経済で儲けた人もITバブルのホリエモンも、みんなその快楽に囚われた。その虚しさがこの映画にはある。寄付と横領と金融バブルと再分配…。いったいどこが違うのだろう。まさに同じような金融資本主義的快楽を描いたM・スコセッシとディカプリオの「ウルフ・オブ・ウォールストリート」を思い出す。善悪を超えた快楽と欲望。

ありがちな話にこの世は満ちている。ありがちな約束事でこの世は動いているのだ。しかし、そのありがちな約束事を疑い、踏み越えれば、世界はすぐに壊れてしまう。月は「紙の月」なり、空から消すことさえできる。いつか終わるとわかっていながらも、その妄想の快楽にはまり込む。だから梨花は、小林聡美が限界を指摘する現実を一気に叩き壊して、逃げ出す。それは資本主義的約束事から飛び出すかのようだ。いったいどこへ?

「行くべきところに行くだけです」とは、そのシステムの強じんさへの諦めなのか、空虚感なのか、やけっぱちの絶望なのか。あるいはアジアで街角で出会った顔に傷のあるかつての少年のように、それは希望なのか、誰にもわからない。
私たちが見ている月が実は「紙の月」だとわかっていても、その「紙の月」を美しいと感じらるささやかな幸福感を大切に噛みしめるしかないのではないか、と思った。

原作は読んでいないのですが、銀行員の大島優子と小林聡美の存在は、映画ならではのものだそうです。梨花を演じる宮沢りえを取り巻くこの二人の存在が銀行でのサスペンスを盛り上げています。銀行での描写はきわめて映画的です。疑惑の目を向ける小林聡美の視線と大島優子の悪魔のささやき、札束を数えたり、証書の保管や事務処理の動作にサスペンス的緊張感が見事に描かれています。


製作年:2014年
製作国:日本
配給:松竹
監督:吉田大八
原作:角田光代
脚本:早船歌江子
製作総指揮:大角正
撮影:シグママコト
照明:西尾慶太
美術:安宅紀史
衣装:小川久美子
音楽:little moa、小野雄紀、山口龍夫
キャスト:宮沢りえ、池松壮亮 、大島優子、田辺誠一、近藤芳正、石橋蓮司、小林聡美、平祐奈、佐々木勝彦、天光眞弓、中原ひとみ

☆☆☆☆4
(カ)
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テーマ : 映画レビュー
ジャンル : 映画

tag : サスペンス ☆☆☆☆4

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Yasuo  K   ( ヒデヨシ)

Author:Yasuo K  ( ヒデヨシ)
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