「せいめいのはなし」福岡伸一(新潮文庫)

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「動的平衡」で有名な福岡伸一の一瞬一瞬で移ろっていく「私」と「せいめい」についての対談集
私とは現象にすぎない。これは僕が大好きな宮沢賢治の「春と修羅・序」のこの一節と結びつく。

わたくしといふ現象は
假定された有機交流電燈の
ひとつの青い照明です
(あらゆる透明な幽霊の複合体)
風景やみんなといっしょに
せはしくせはしく明滅しながら
いかにもたしかにともりつづける
因果交流電燈の
ひとつの青い照明です


◆内田樹さんと 「グルグル回る」
福岡:動的平衡とは、それを構成する要素が、絶え間なく消長、交換、変化しているにもかかわらず、全体として一定のバランス、つまり、恒常性が保たれているシステム。生きているということも、自然、環境も、地球全体も動的平衡にあって、その中でグルグル原子が回っているに過ぎない。生命活動はグルグル回って、次へとバトンタッチしている。
自分の体は自分のものだと思っていても、自分の体は自分のものではない。半年もたてば、自分の体を構成している原子はすっかり食べたものと入れ替わっている。

この生物学の動的均衡論を内田樹は、経済活動の本質に当てはめる。
内田:経済とは、貨幣や商品に価値があるのではなく、グルグル回すことに意味がある。「価値あるもの」をやりとりするために経済活動を始めたのではなく、「交換をする主体」になるために、人間的成熟をし、努力をし、共同体を維持する、それが経済活動の本質である。

福岡:宇宙の大原則はエントロピー増大の法則に支配されている。秩序あるものを秩序なきものにしようとする動き、その方向にしか時間が流れない。秩序が壊れないために、頑丈に作るのではなく、ユルユル、やわやわに作ってグルグル回す。「変ることが変わらない方法」なのだ。エントロピー増大に追いつかれないように、どんどん捨てて、バトンタッチして新たに作り直していく。それが生命現象であり、私を通りぬけた分子は、地球上のどこかの秩序にバトンタッチされて38億年もずっと続いてきた。

内田:貨幣とか商品に価値があるものと信じ込むと、物神化が起こり、貯めこんで運動が停止してしまう。富の全体が増えているのに、人々が貧しくなっているのは、富が一部分に集中しているから。富裕層の仲間内でグルグル回っているだけで、全体に循環しなくなっている。回すことそれ自体が経済活動の目的なんだという根本を忘れている。

内田:「自分」というのは「他者」と差別化されることではじめて生まれる概念。自分の中にいくら探しても、「自分」はない。それは、細胞が周囲の細胞によって、なんの細胞になるかをそれぞれに情報のパスを出し合いながら決めるのと同じ。

福岡:時間軸に沿って、因果関係で物事を考えてもダメ。原因があって結果があるのではなく、結果と原因はたえず逆転し、相補関係にあって、共時的関係があるから動的平衡は保たれる。

内田:原因とは何かを考えるよりも、動的平衡を維持するために、どうやれば気分よくパスが進行していくのか、を考えればいい。

◆川上弘美さんと 「この世界を記述する」
ウニの生態を大学で勉強していた生物学科出身の小説家、川上弘美。
川上:人間は混沌に耐えられないもの。言葉によって規定するということは、どうしても整理してしまうことになる。小説家は、混沌とした世界をいかにそのまま差し出せるかに心を砕く。

福岡:言葉によって、この世界の成り立ちを記述するという行為自身が、分節化であり、抽出である。分節化されたものを再統合し、捨てられた関係性をもう一度取り戻すことが出来るのも言葉の作用。

福岡:不確定なことだらけの世界にあって、唯一確実なのは、人は死ぬこと。死んで世代交代することが動的平衡。絶え間なく入れ替わっているということは、自分の体が入れ替わっていることであり、ガンを抱えながら生きているということであり、また死んで新たな命が生まれるということでもある。

川上:この大きな世界の中の微々たる個というもののよるべなさ、力のなさ、大きなしくみの中でただどこかに運ばれていゆくことを甘受するしかない非情さを、しみじみと思ってしまいます。ただ、よるべない「個」、非力な「個」であっても、「時間」というものが与えてくれた唯一無二性が、必ずある。流されるしかなくても、どんなに力がなくても、唯一無二なことは確かなのである、その個に時間が流れている限りは。

福岡:時間を止めると、生命は機械仕掛けに見えてしまう。

◆朝吹真理子さんと 「記憶はその都度つくられる」
福岡:記憶とはその瞬間瞬間で新たに作られるもので、蓄積されていたものが甦るのではない。生命にとって情報は「消える」ことに意味がある。生きていることは現象であり、作用である。本当の意味での自己同一性を担保しているものなど何もない。だからこそ、人間の精神作用として、時間に錨をつけて繋ぎ止めておきたいと思う。
人間ははかなさゆえに、動的なもの、揺らいでいるもの、流れゆくものにあらがいたい。「書きとどめる」とは、それぞれの時間に錘をつけること。
朝吹さんは、その流れとしての記憶が抱えている時間そのものを、行ったり来たりたゆたいながら書いている。

朝吹:小説をもっと、生命体のように増殖するように書いてみたい。一文字が他の文字と呼応して、粘菌のようにぱっと広がるようなものこそ、人間が本当に想像している生ものと近いんじゃないでしょうか。

◆養老孟司さんと 「見えるもの、見えないもの」
養老:人間の意識とは、実は「止まっているもの」しか扱えない。情報は止まっているものの典型。硬直化した情報化社会にあって、物事をすべて情報にしてしまうから、自分までも情報化されてしまい、それこそが自分の個性だと思い込む。「自分とはこういう人です」と。動的状態が本質だと考えられず、情報のほうが本質だと考えるのは、すべてを言葉で表現しようとするプラトニズムだ。

◆福岡伸一「せいめいのはなし」をめぐって
二通りの立場がある。一つは、世界の成り立ち、宇宙の法則、生命の仕組みの裏には非常に美しい隠された幾何学的な秩序があって、明確な節理や因果関係があるというピタゴラス的なイデア論。もう一つは、世界は止まっておらず、動的なもので、常に運動しているものだという見方。秩序は一瞬現れては消え、現れては消えるもの。その運動の中にこそ美しさがあり、世界の成り立ちの面白さもあるという動的な立場がある。私は今はこの動的立場を選び取っている。世界を数学的な、幾何学的な因果律で見てしまい、世界を記述し尽くしてしまうと、そこから零れ落ちるあいまいなものを見失ってしまい、切り捨ててしまう。

生命とは、ある一点から、もこもこと、ちょっとずつ、ちょっとずつ、関係性を伸ばしながら、かびが生えていくみたいに広がっていって、その関係性が取り持ったもの。隠された明確で幾何学的な秩序があるように見えるけれど、それは人間が勝手に作り出したもので、世界を止めてみたときに一瞬そういうパターンが見えるだけなのだ。
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Yasuo  K   ( ヒデヨシ)

Author:Yasuo K  ( ヒデヨシ)
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映画にまつわる雑文です。
2006年からの映画レビュー。
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