「毛皮のヴィーナス」ロマン・ポランスキー

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「マゾヒズム」の語源にもなったことで知られる、19世紀オーストリアの小説家レオポルド・フォン・ザッヘル=マゾッホの自伝的小説「毛皮を着たヴィーナス」をもとにした戯曲を、ロマン・ポランスキー監督が映画化した。二人芝居である。

ロマン・ポランスキーという男が、実際にどういう男なのか僕は知らない。変態なのか、少女趣味なのか、変わった性的嗜好があるのが、本当のところはわからない。まぁ、ウディ・アレンと同じように、私生活ではろくでもないところがあるのだろう。

ご存知のように、ポランスキーは数奇な人生を送っている。ユダヤ人家庭で育った彼は、母親はアウシュビッツでドイツ人に虐殺され、父親は強制収容所で終戦まで強制労働をさせられ、自身は「ユダヤ人狩り」から逃れるために、ゲットーを逃げ出し、ドイツ占領下のフランスであちこち転々としたそうだ。なんといってもシャロン・テート事件は有名だ。監督の映画『吸血鬼』で主演した女優シャロン・テートと結婚し、ハリウッドに進出し『ローズマリーの赤ちゃん』を撮った後、シャロン・テートは妊娠8カ月だったにもかかわらずカルト教団に殺害された。また、1977年には、13歳の子役モデルに性的行為をしたとされ、法定強姦の有罪の判決(懲役50年以上に換算)を受けた。本人は無罪を主張するも、保釈中に「映画撮影」を口実にアメリカを出国し、ヨーロッパへ逃亡した。1978年にフランスに移り市民権を取得したが、いまだに彼はアメリカの土を踏めない。1979年の作品『テス』で主演のナスターシャ・キンスキーとは、彼女が15歳の頃から性的関係を結んでいたという。2009年、チューリッヒ映画祭の生涯功労賞授与式に出席しようとスイスに入国したとたん、少女わいせつ事件の容疑でスイス当局に身柄拘束されたりもしている。まさに波乱万丈の人生だ。

本人がどんな男だろうと、優れた映画を撮る監督であるのは間違いない。とくに初期の『水の中のナイフ』と『袋小路』は傑作だ。密室や閉じられた空間でのサスペンスや狂気や不安や緊張感を描くのがとても巧い。カトリーヌ・ドヌーヴが病的な女を演じ、その精神的な恐怖を描いた『反撥』も見応えがある。

『水の中のナイフ』『反撥』『袋小路』レビュー

豪華客船での男と女のエロスを描いた『紅い航路』も印象に残る倒錯的な性の映画だった(これに現妻のエマニュエル・セニエは主演)。しばらくパッとした作品がなかったが、『戦場のピアニスト』で復活し、近作は『おとなのけんか』『ゴーストライター』と面白い作品を連発している。

さてこの『毛皮のヴィーナス』である。冒頭、なにやらワクワクするような音楽とともに雨の並木道の移動撮影が劇場へと観客を導く。劇場の扉には演劇「毛皮のヴィーナス」のオーディションの文字。そしてオーディションに来た女優たちのひどさに電話で文句を言っている脚色家、演出家の男トマ(マチュー・アマルリック)。目線カメラとともに劇場に遅れて入ってきた女ワンダ(エマニュエル・セニエ)。映画は、オーディションに遅れてきた女ワンダとマゾッホの自伝的小説「毛皮を着たヴィーナス」を戯曲化したトマの二人だけで劇場空間で繰り広げられる演劇的な映画だ。芝居のオーディションをやりながら、役に入っていく二人。フィクションと現実が交錯しつつ、戯曲の世界がトマ自身の世界そのものと重なり、オーディションに遅れてきたワンダという謎めいた女が、現実の女なのか、トマの妄想なのかも分からなくなってくる。ワンダは、戯曲を理解しつつ、なぜか劇場の照明を変えられたり、トマの婚約者のことまで知っている。エマニュエル・セニエが、蓮っ葉な女になったり、怪しげな戯曲の女になったり、その変わりぶりが素晴らしい。そして、いつしか、トマはワンダの手中に嵌められていく。観客もまたワンダの魅力に魅せられ、倒錯的な気分になっていくのだ。

雷が冒頭から鳴り響き、いかにも謎めいた演劇的世界なのだが、それでも虚と実が入り混じる二人のお芝居は見応えがあるし、劇場だけの空間でも決して飽きさせない。ラストは、ちょっと笑える終わり方だが、十分にこの謎めいた二人のやりとりを僕は楽しめた。マチュー・アマルリックがどんどんポランスキー自身に重なっていくようで面白い。なんだか似て見えるのだ。


原題:La Venus a la fourrure
製作年:2013年
製作国:フランス・ポーランド合作
配給:ショウゲート
上映時間:96分
監督:ロマン・ポランスキー
製作:ロベール・ベンムッサ、アラン・サルド
原作:L・ザッヘル=マゾッホ
脚本:デビッド・アイビス、ロマン・ポランスキー
撮影:パベル・エデルマン
美術:ジャン・ラバッセ
衣装:ダイナ・コリン
音楽:アレクサンドル・デプラ
キャスト:エマニュエル・セニエ、マチュー・アマルリック


☆☆☆☆4
(ケ)
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