「生者と死者―酩探偵ヨギ ガンジーの透視術―」泡坂妻夫(新潮文庫)

bookfan_bk-4101445060.jpg

珍本である。まずページをめくった扉のところに著者からの断り書きがある。

はじめに、袋とじ製本のまま、この本をお読みください。短編小説を読む事ができます。
次に、各ページを切り開らいて、長編ミステリーをお楽しみください。元の短編小説は消失してしまいます。  著者

電子書籍では味わえない奇妙な読書の楽しみ。今や週刊誌のエロ写真の専売特許のようになってしまった袋とじ製本だが、この奇妙な小説は、売られている状態では袋とじ状態なのである。そして、超能力と奇術と記憶喪失者の短編ミステリーとして読む事ができる。それを読み終わってから、閉じてある箇所を切り開くのだ。そこには、最初読んだ短編とはまた違った超能力と奇術と記憶喪失者のミステリー長編になるのだ。そして、驚くことに短編小説とは全く違った話が展開されているのだ。

これは言葉では説明しにくい。体験として読んでいただくしかない。しかもネタバレ満載である。それを書いちゃうと騙される楽しみがない。ミステリファンの間では泡坂妻夫氏の「幻の作品」と言われたものを、2014年1月に版元の新潮社から復刊されたそうだ。僕は先日、たまたま本屋の店頭で手に取ったのだった。なにやら、面白そうな仕掛けの本だなと思って。

泡坂氏は、このアイディアを実現するのに、7年近くかかったという。提案された新潮社の編集者が退職されるのを機に、なんとか書き上げようと思ったそうだ。義理と人情である。それにしても、大変だったろう。つまり、中編では17ページの次は18ページだが、袋で閉じられた短編となるとが17ページの次が32ページになっているのだ。

一つだけネタばらしをさせてもらおう。(読む方はここから先は読まないでください!)
17ページの終りは、「中村千秋は美」となっており、18ページの最初の文字が「しい女性には違いなかった。」とつながっている。つまり「中村千秋は美しい女性」なのだ。ところが、袋とじの短編では「中村千秋は美」に続いて、32ページの「青年だった。」とつながるのだ。ちなみに31ページは、「里美は若いころは絵が好きで画家志望の」~「青年だった」とつながって、別の人物の描写になっている。

つまり「中村千秋」という女性とも男性とも取れる名前をつけておいて、短編では男性、長編では女性として描いているのだ。登場人物の性別の違いは、他にもある。つなり二重に読めるように作っているのだ。

あぁ、もう一つ凄いネタばらしをしちゃおうかな。
長編では、129ページの終りに「千秋は唇を」と書かれていて~130ページ「軽く開いて長い溜息を吐いた」となるのだが、袋とじ短編では、144ページの「(千秋は唇を)重ねた」とキスの描写になっているのだ。短編であるキスの描写が長編ではどこにもない。男女の描写自体が違うのだから、当たり前なのだが、その辻褄を合わせるのは、書く側はクロスワードパズルを作るようなものだっただろう。ちなみに144ページの「重ねた」は、143ページ「千秋はそれをカードに(重ねた)」と単なるトランプ奇術の描写になっている。「カードを重ねる」ことが「唇を重ねる」と二重の意味に「重ねる」を使っているのだ。まさにカラクリ本である。

長編小説の中で、「色即是空、空即是色」の般若心経のことを登場人物のガンジー語る場面がある。「この世に色として見える全てのものはすなわち空。仮りの姿であり、本来はその色を生み出した無。それを実体として認識すること」と説明する。泡坂妻夫自身が奇術や超能力のように、小説もまた「仮りの姿」であり、その通りに短編小説を長編小説の中に消失せしめてしまった。そうなると生者や死者という観念もまたもまた「仮りの姿」でしかないのかもしれないと思えてくる。この世はあやふやで、どうとでも解釈できて、「仮りの姿」でしかないのだ。宮沢賢治が、「わたくしといふ現象は 仮定された有機交流電燈の  ひとつの青い照明です」と書いたように。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

Yasuo  K   ( ヒデヨシ)

Author:Yasuo K  ( ヒデヨシ)
札幌でテレビの仕事をしている
オヤジです。
映画にまつわる雑文です。
2006年からの映画レビュー。
それから、本の感想を少し。


twitter 719hideyosi

最新記事
お気に入り度
テレビドラマ「カルテット」
映画あいうえお順
カテゴリ
映画ジャンル&☆ランク
映画監督別
アキ・カウリスマキ
アラン・レネ
アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ
アルフレッド・ヒッチコック
アンドレイ・タルコフスキー
イエジー・スコリモフスキ
イザベル・コイシェ
ウェス・アンダーソン
ウディ・アレン
ヴィム・ヴェンダース
エドワード・ヤン
エミール・クストリッツァ
エリック・ロメール
オーソン・ウェルズ
ガス・ヴァン・サント
ギジェルモ・アリアガ
クエンティン・タランティーノ
クリント・イーストウッド
グザヴィエ・ドラン
コーエン兄弟
サム・ペキンパー
シドニー・ルメット
ジム・ジャームッシュ
ジャック・ロジエ
ジャン=リュック・ゴダール
ジョン・カサヴェテス
タヴィアーニ兄弟
ダルデンヌ兄弟
テオ・アンゲロプロス
テリー・ギリアム
ニキータ・ミハルコフ
ニコラス・レイ
パトリス・ル・コント
ハワード・ホークス
ビリー・ワイルダー
フェデリコ・フェリーニ
ファティ・アキン
フランソワ・オゾン
フランソワ・トリュフォー
ペドロ・アルモドバル
ポール・トーマス・アンダーソン
マイケル・ウィンターボトム
ミヒャエル・ハネケ
ラース・フォン・トリアー
ロバート・アルトマン
ロベール・ブレッソン
ロマン・ポランスキー

青山真治
今村昌平
犬童一心
石井裕也
大森立嗣
小津安二郎
北野武
宮藤官九郎
熊切和嘉
神代辰巳
黒沢清
是枝裕和
鈴木清順
園子温
成瀬巳喜男
西川美和
濱口竜介
深田晃司
藤田敏八
前田司郎
三木聡
山下敦弘
吉田喜重
読書感想・作家別
月別アーカイブ
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
映画
178位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
レビュー
82位
アクセスランキングを見る>>
フリーエリア
最新コメント
最新トラックバック
映画ベスト10 2009~2016年
2016年ベスト10
<洋画>
    ダゲレオタイプの女
    マイ・ファニー・レディ
    キャロル
    シング・ストリート 未来へのうた
    リザとキツネと恋する死者たち
    グッバイ・サマー
    サウルの息子
    マジカル・ガール
    ブリッジ・オブ・スパイ
    手紙は憶えている
<日本映画>
    淵に立つ
    クリーピー 偽りの隣人
    海よりもまだ深く
    ふきげんな過去
    SCOOP!
    永い言い訳
    オーバー・フェンス
    ディストラクション・ベイビーズ
    葛城事件
    湯を沸かすほどに熱い愛
    次点この世界の片隅に


2015年ベスト10
<洋画>
    やさしい女
    さよなら人類
    さらば、愛の言葉よ
    毛皮にヴィーナス
    雪の轍
    愛して飲んで歌って
    サンドラの週末
    サイの季節
    インヒアレント・ヴァイス
    ソニはご機嫌ななめ

<日本映画>
    海街dairy
    岸辺の旅
    FOUJITA
    百円の恋
    この国の空


2014年ベスト10
<洋画>
    エレニの帰郷
    グランド・ブタペスト・ホテル
    罪の手ざわり
    ウルフ・オブ・ウォールストリート
    ジャージー・ボーイズ
    インサイド・ルーウィン・デイヴィス
    6才のボクが、大人になるまで。
    フランシス・ハ
    ウォールフラワー
    ある過去の行方

    <日本映画>
    そこのみにて光輝く
    ニシノユキヒコの恋と冒険
    紙の月
    Sventh Code
    私の男


      2013年映画ベスト5
<洋画>
    1、「愛、アムール」
    2、「ホーリー・モーターズ」
    3、「オンリー・ラバーズ・レフト・アライブ」
    4、「いとしきエブリデイ」
    5、「ムーンライズ・キングダム」
    ※番外「カリフォルニア・ドールズ」(1981年)

    <日本映画>
    1、「共喰い」
    2、「さよなら渓谷」
    3、「恋の渦」
    4、「リアル 完全なる首長竜の日」
    5、「Playback」(2012年)


    2012年映画ベスト10
<洋画>
    2、「少年と自転車」
    3、「Pina ピナ・バウシュ 躍り続けるいのち」
    4、「ライク・サムワン・イン・ラブ」
    5、「きっと ここが帰る場所」
    6、「ドライヴ」
    7、「風にそよぐ草」
    8、「恋のロンドン狂騒曲」
    9、「おとなのけんか」
    10、「別離」
    次点 「裏切りのサーカス」
番外
    「永遠の僕たち」
    「J・エドガー」
    「家族の庭」

    3、「演劇1&2」
    4、「夢売るふたり」
    5、「アウトレイジビヨンド」
    番外 「ヒミズ」


2011年映画ベスト10
    3,「ブルーバレンタイン」
    4,「愛する人」
    5,「クリスマス・ストーリー」
    6,「トゥルー・グリット」
    7,「SOMEWHERE」
    8,「さすらいの女神(ディーバ)たち」
    9,「エリックを探して」
    10,「シリアスマン」
    次点,「エッセンシャル・キリング」

    3,「あぜ道のダンディ」
    4,「マイ・バック・ページ」
    5,「冷たい熱帯魚」

    2010年映画ベスト10
    3、フローズン・リバー
    4、アンナと過ごした4日間(2008)
    5、Babble/バブル(2005)
    6、パリ20区、僕たちのクラス
    7、クレイジー・ハート
    8、ずっとあなたを愛してる
    9、千年の祈り
    10、シルビアのいる街で
    次点、闇の列車、光の旅

    3、川の底からこんにちは
    4、さんかく
    5、ノルウェイの森
    次点、乱暴と待機


2009年映画ベスト10
    3、リミッツ・オブ・コントロール
    4、あの日、欲望の大地で
    5、人生に乾杯!
    6、ウェディング・ベルを鳴らせ!
    7、チェンジリング
    8、ロルナの祈り
    9、レスラー
    10、夏時間の庭

<日本映画>
    1、ディア・ドクター
    2、空気人形
    3、ウルトラミラクルラブストーリー
    4、インスタント沼
    5、ノン子36歳(家事手伝い)
検索フォーム
ブックマーク
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
FC2カウンター