「火口のふたり」荒井晴彦
性愛の世界を描かせたらこの人が一番じゃないかと思う脚本家、荒井晴彦の3本目の監督作品である。オープニング、下田逸郎の曲を歌う女性の声が聴こえてくると、彼の最初の監督作品『身も心も』を思い出す。『身も心も』は、下田逸郎の名曲を石川セリが歌う「セクシィ」を使っていた。私も大好きな曲で、「あぁ、この曲を使ったのか」と、それだけでうれしくなったのを覚えている。
さて、この映画は男と女の愛、そのものの映画である。ピンク映画のように性愛描写がふんだんに出てくる。廣木隆一監督の『彼女の人生は間違いじゃない』でも体当たりで演じていた瀧内公美が、今作でも美しい裸体をさらけ出し、魅力的な女性を演じている。あの映画では、震災後の福島から性風俗の仕事をしに何度も上京する女性を演じてた。震災が人々の人生に大きな影を投げかけている映画だったが、この映画も地震や自然災害が大きな要素になっている。死とエロス。性愛の世界はどこかで死の世界とつながっている。死を間近に感じるからこその生であり、性愛でもある。
結婚する直前の女が、元カレの柄本佑と再会し、身体に正直にかつての愛を取り戻す映画だ。「今夜だけ、あの頃に戻ってみない?」。富士山の火口の写真の目で、疑似的な死を体験した二人。いとこ同志であることに後ろめたさを感じていた男。刺激的なセックスばかりを繰り返し、身体の結びつきを深めていったかつてのふたり。女はいつまでもヘビのような男の身体の感触を覚えていた。女は男の身体に、消えたはずの炎をつけた。「今夜だけ」では済まなくなる二人。
「けんちゃん」と女は何度も男の名を呼ぶ。その呼び方がなんとも愛に満ちている。結婚するために別れる日を決めながら、デートを重ねる二人。その時間がせつない。好きなのに別れを決めている二人。そんな時に地震が起きる。秋田で東北大震災を経験した彼女は、間近で多くの死者たちを見た。生き残った者のうしろめたさ。今を生きるしかないと言う男。いつ何が起きようとも。
大きな震災を経験した我々は、またいつ起きるともわからない災害を近くで感じている。だからこそ、「今」があり、人と人を強く結びつける性愛の強さがある。
誰もが夢中になった「あの頃」を懐かしく思い出す。今このときこそが「愛おしく、せつない、かけがえのない時間であること」を、思い出させてくれる映画だ。二人しかほぼ出てこない映画だけど、決して中だるみもせず、面白く見れたのは、脚本の力と二人の役者の力だろう。若い人に見てほしいな。性愛の結びつきの強さこそ、世界で何が起きようとも、生き抜く力となる。
2019年製作/115分/R18+/日本
配給:ファントム・フィルム
監督:荒井晴彦
原作:白石一文
脚本:荒井晴彦
製作:瀬井哲也 小西啓介 梅川治男
エグゼクティブプロデューサー:岡本東郎 森重晃
プロデューサー:田辺隆史 行実良
企画:寺脇研
撮影:川上皓市
照明:川井稔 渡辺昌
編集:洲崎千恵子
音楽:下田逸郎
キャスト:柄本佑、瀧内公美
☆☆☆☆4
(カ)
さて、この映画は男と女の愛、そのものの映画である。ピンク映画のように性愛描写がふんだんに出てくる。廣木隆一監督の『彼女の人生は間違いじゃない』でも体当たりで演じていた瀧内公美が、今作でも美しい裸体をさらけ出し、魅力的な女性を演じている。あの映画では、震災後の福島から性風俗の仕事をしに何度も上京する女性を演じてた。震災が人々の人生に大きな影を投げかけている映画だったが、この映画も地震や自然災害が大きな要素になっている。死とエロス。性愛の世界はどこかで死の世界とつながっている。死を間近に感じるからこその生であり、性愛でもある。
結婚する直前の女が、元カレの柄本佑と再会し、身体に正直にかつての愛を取り戻す映画だ。「今夜だけ、あの頃に戻ってみない?」。富士山の火口の写真の目で、疑似的な死を体験した二人。いとこ同志であることに後ろめたさを感じていた男。刺激的なセックスばかりを繰り返し、身体の結びつきを深めていったかつてのふたり。女はいつまでもヘビのような男の身体の感触を覚えていた。女は男の身体に、消えたはずの炎をつけた。「今夜だけ」では済まなくなる二人。
「けんちゃん」と女は何度も男の名を呼ぶ。その呼び方がなんとも愛に満ちている。結婚するために別れる日を決めながら、デートを重ねる二人。その時間がせつない。好きなのに別れを決めている二人。そんな時に地震が起きる。秋田で東北大震災を経験した彼女は、間近で多くの死者たちを見た。生き残った者のうしろめたさ。今を生きるしかないと言う男。いつ何が起きようとも。
大きな震災を経験した我々は、またいつ起きるともわからない災害を近くで感じている。だからこそ、「今」があり、人と人を強く結びつける性愛の強さがある。
誰もが夢中になった「あの頃」を懐かしく思い出す。今このときこそが「愛おしく、せつない、かけがえのない時間であること」を、思い出させてくれる映画だ。二人しかほぼ出てこない映画だけど、決して中だるみもせず、面白く見れたのは、脚本の力と二人の役者の力だろう。若い人に見てほしいな。性愛の結びつきの強さこそ、世界で何が起きようとも、生き抜く力となる。
2019年製作/115分/R18+/日本
配給:ファントム・フィルム
監督:荒井晴彦
原作:白石一文
脚本:荒井晴彦
製作:瀬井哲也 小西啓介 梅川治男
エグゼクティブプロデューサー:岡本東郎 森重晃
プロデューサー:田辺隆史 行実良
企画:寺脇研
撮影:川上皓市
照明:川井稔 渡辺昌
編集:洲崎千恵子
音楽:下田逸郎
キャスト:柄本佑、瀧内公美
☆☆☆☆4
(カ)
「よこがお」深田晃司
深田晃司監督は不穏な空気を描くのがうまい。しかも、あまり説明がない。よくわからないのに不気味なのだ。よくわからなこそが不気味なのかもしれない。「淵に立つ」では、突然の闖入者の浅野忠信の正体不明さがその佇まいとともに不気味だった。夫との関係など、最後まではっきり示さないままだった。
今回の「よこがお」は、その女性版ともいえる作品だ。「淵に立つ」が、古舘寛治と浅野忠信の過去の関係からくる不幸の物語だったが、「よこがお」は、筒井真理子と市川実日子の女性二人の関係の微妙な変化からくる不幸の物語である。
オープニング、筒井真理子が「ご指名ですね」などと言われながら店にやってくる。なにやらホストクラブとかいかがわしい店かと思いきや、普通の美容室である。美容師の池松壮亮との関係も、知り合いのようなそうでないような微妙な空気が流れる。そして、過去の筒井真理子が訪問看護で働いている場面になる。老婆を丁寧に看護していて、その孫娘の市川実日子が映る。
筒井真理子が自転車で帰っていくのを市川実日子が2階の窓からジッと見ている場面を印象的に描き、会社に戻って飲みに行く誘いを断り、再び筒井真理子はファミレスで市川実日子と妹役の川隅奈保子と一緒に勉強をしている場面になる。この勉強会がなんとも不自然な感じだ。最初、新興宗教や訪問販売などの怪しい勉強会か、なんて思ったが、どうやら普通の学校の勉強を教えているようなのだ。妹は塾に行く前なのに、わざわざ筒井真理子に教えてもらい、市川実日子がなぜ筒井真理子に勉強を教えてもらっているのかの説明もない。だから、不思議な女性3人の集まりとしか見えない。そこにやってくる筒井真理子の甥…。何の本を持ってきたのか、彼の登場もやや意味不明で説明不足。
続いての場面は、筒井真理子が池松壮亮と偶然のように出会い、連絡先を交換し、夜も家の窓から彼の生活をストーカーのように監視続ける不自然さ。やがて、池松壮亮の元に来る女性は、市川実日子らしいのだが、ここでは顔はハッキリと映し出されない。筒井真理子は、その彼女に敵意の犬の遠吠えをし、公園で犬になった夢まで見る。四本足で犬のように歩く筒井真理子は異様だ。いったいどんな女なのだ、どんな物語なのかと、観客はそのあまりの不自然さと説明不足に、不審さ・不穏さを募らせる。
物語は、髪を切って仕事を辞め、池松壮亮との関係を持とうとする筒井真理子と、老婆を訪問看護で丁寧に介護し、その家の孫娘の市川実日子と会話する過去の筒井真理子の二つの時間が交互に描かれる。動物園の場面は、まさに2つの時間、現在(筒井真理子と池松壮亮)と過去(筒井真理子と市川実日子)が繋がって描かれる。
詳しい説明をしないまま、物語が不自然なままに進んでいく展開は「淵に立つ」によく似ている。映画では、その後、ある事件が起きて、筒井真理子がその事件に巻き込まれて転落していく様と、市川実日子との不思議な関係が、次第に明らかになる。謎がわかってくる恐怖などサスペンスとして見応えがある。しかし、事件そのものは全く描かれない。見せないこと、ハッキリさせないことで想像がいろいろと膨らむ。いろんな考え方、見方ができる映画なのだ。
なんと言っても二人の女優が素晴らしい。池松壮亮のいつもののらりくらりしたつかみどころのない演技も効果的で、彼の本当の気持ちがよくわからないままだ。本人にさえもわからない心の動きと行動。市川実日子は、人間の謎と不気味さを体現している。つい言ってしまった過去の言葉が、捻じ曲げられていく過程、お決まりのメディアの暴力。誰も本当のことなど語らない。本当とはナニ?人間の多面性。ある言葉は、語る人や状況によって、どんどん別のものになり、誤解が膨らんでいく。言い訳しても、誰もわかってくれない。そんな空気の変化の恐ろしさが、見事に描かれている。
ラスト、車をパーキングからドライブにして、ゆっくりと動き出す場面が恐ろしい。そしてクラクションの鳴り続ける音、サイドミラーに移る彼女の顔と風の音など、音が見事に効果を上げている。今年の注目の1本であるのは間違いない。
製作年:2018年
製作国:日本=フランス
配給:KADOKAWA
上映時間:111分
監督:深田晃司
製作:堀内大示、三宅容介
プロデューサー:Kaz、二宮直彦、二木大介、椋樹弘尚
原案:Kaz
脚本:深田晃司
企画:Kaz
撮影:根岸憲一
編集:深田晃司
音楽:小野川浩幸
キャスト:筒井真理子、市川実日子、池松壮亮 、吹越満、大方斐紗子、川隅奈保子
☆☆☆☆☆5
(ヨ)
今回の「よこがお」は、その女性版ともいえる作品だ。「淵に立つ」が、古舘寛治と浅野忠信の過去の関係からくる不幸の物語だったが、「よこがお」は、筒井真理子と市川実日子の女性二人の関係の微妙な変化からくる不幸の物語である。
オープニング、筒井真理子が「ご指名ですね」などと言われながら店にやってくる。なにやらホストクラブとかいかがわしい店かと思いきや、普通の美容室である。美容師の池松壮亮との関係も、知り合いのようなそうでないような微妙な空気が流れる。そして、過去の筒井真理子が訪問看護で働いている場面になる。老婆を丁寧に看護していて、その孫娘の市川実日子が映る。
筒井真理子が自転車で帰っていくのを市川実日子が2階の窓からジッと見ている場面を印象的に描き、会社に戻って飲みに行く誘いを断り、再び筒井真理子はファミレスで市川実日子と妹役の川隅奈保子と一緒に勉強をしている場面になる。この勉強会がなんとも不自然な感じだ。最初、新興宗教や訪問販売などの怪しい勉強会か、なんて思ったが、どうやら普通の学校の勉強を教えているようなのだ。妹は塾に行く前なのに、わざわざ筒井真理子に教えてもらい、市川実日子がなぜ筒井真理子に勉強を教えてもらっているのかの説明もない。だから、不思議な女性3人の集まりとしか見えない。そこにやってくる筒井真理子の甥…。何の本を持ってきたのか、彼の登場もやや意味不明で説明不足。
続いての場面は、筒井真理子が池松壮亮と偶然のように出会い、連絡先を交換し、夜も家の窓から彼の生活をストーカーのように監視続ける不自然さ。やがて、池松壮亮の元に来る女性は、市川実日子らしいのだが、ここでは顔はハッキリと映し出されない。筒井真理子は、その彼女に敵意の犬の遠吠えをし、公園で犬になった夢まで見る。四本足で犬のように歩く筒井真理子は異様だ。いったいどんな女なのだ、どんな物語なのかと、観客はそのあまりの不自然さと説明不足に、不審さ・不穏さを募らせる。
物語は、髪を切って仕事を辞め、池松壮亮との関係を持とうとする筒井真理子と、老婆を訪問看護で丁寧に介護し、その家の孫娘の市川実日子と会話する過去の筒井真理子の二つの時間が交互に描かれる。動物園の場面は、まさに2つの時間、現在(筒井真理子と池松壮亮)と過去(筒井真理子と市川実日子)が繋がって描かれる。
詳しい説明をしないまま、物語が不自然なままに進んでいく展開は「淵に立つ」によく似ている。映画では、その後、ある事件が起きて、筒井真理子がその事件に巻き込まれて転落していく様と、市川実日子との不思議な関係が、次第に明らかになる。謎がわかってくる恐怖などサスペンスとして見応えがある。しかし、事件そのものは全く描かれない。見せないこと、ハッキリさせないことで想像がいろいろと膨らむ。いろんな考え方、見方ができる映画なのだ。
なんと言っても二人の女優が素晴らしい。池松壮亮のいつもののらりくらりしたつかみどころのない演技も効果的で、彼の本当の気持ちがよくわからないままだ。本人にさえもわからない心の動きと行動。市川実日子は、人間の謎と不気味さを体現している。つい言ってしまった過去の言葉が、捻じ曲げられていく過程、お決まりのメディアの暴力。誰も本当のことなど語らない。本当とはナニ?人間の多面性。ある言葉は、語る人や状況によって、どんどん別のものになり、誤解が膨らんでいく。言い訳しても、誰もわかってくれない。そんな空気の変化の恐ろしさが、見事に描かれている。
ラスト、車をパーキングからドライブにして、ゆっくりと動き出す場面が恐ろしい。そしてクラクションの鳴り続ける音、サイドミラーに移る彼女の顔と風の音など、音が見事に効果を上げている。今年の注目の1本であるのは間違いない。
製作年:2018年
製作国:日本=フランス
配給:KADOKAWA
上映時間:111分
監督:深田晃司
製作:堀内大示、三宅容介
プロデューサー:Kaz、二宮直彦、二木大介、椋樹弘尚
原案:Kaz
脚本:深田晃司
企画:Kaz
撮影:根岸憲一
編集:深田晃司
音楽:小野川浩幸
キャスト:筒井真理子、市川実日子、池松壮亮 、吹越満、大方斐紗子、川隅奈保子
☆☆☆☆☆5
(ヨ)
「旅のおわり世界のはじまり」黒沢清
前田敦子の映画である。しかも「愛の讃歌」である。黒沢清の映画には、いつでも死の気配が満ちていた。不在や不安、世界の終わり的な終末観とでも呼べそうな気配が漂っていた。しかし、この映画は、「心の底から湧き上がる感情」につき動かされて、歌を唄うという新たな「世界の始まり」=生の物語である。なんともドキュメンタリードラマのようで、戸惑った。
前半はテレビ番組のロケクルーとレポーターの前田敦子の仕事ぶりが淡々と進行する。ディレクターの染谷将太やカメラマンの加瀬亮とレポーターの前田敦子の関係はいたってドライだ。無駄口をたたかず、プライベートにお互い立ち入らず、とても和やかな雰囲気とは言えないスタッフの空気。前田敦子は、一人でウズベキスタンの夜の街を食事の買い出しに出かける。車が行き交う道路を横切り、バスに乗り、暗くなった夜の路地を一人で歩く。素足を露出し、ウズベキスタンの男たちの好奇の目に晒されながら、会話を拒否し、ひとりで街をさまよう。
異国の地で言葉も分からないまま、孤独にレポーターの仕事をこなす。唯一、東京にいる恋人とのSNSでのやり取りが、自分を取り戻す時間である。料理ができていなくても、美味しそうに食べてレポートし、街の小さな遊園地で、何度も遊具に振り回されて吐きそうになりながらも、プロとして仕事を意地でも頑張る。
それが後半、別の顔を見せるようになる。飼われてつながれていたヤギを解放してから、自らの意思を示し始める。オペラ歌手の美しい歌声に導かれ、劇場に迷い込んで、舞台で自ら「愛の讃歌」を歌う幻想に立ち会う。そして、ミュージカルのオーディションを受ける夢を加瀬亮に語る。ロケは行き詰まり、ホテルの部屋で死んだように横たわる前田敦子。スタッフの指示に黙々と従っていたレポーター前田敦子は、、バザールで自らカメラを持ち、自分の興味で走り出す。スタッフのことなど置いてきぼりにして。しかし、ウズベキスタンの警官から、「あなたは、私たちのことをどれだけ知っているのですか」と問われる。知ろうとしなければ、コミュニケーションは成り立たない。自らの逃亡と拘束、恋人の危機を経て、前田敦子の内なる何かが動き出す。
ラスト、自分の分身ともいえる山の上のヤギを見つけて、彼女は突き動かされるように、歌を唄う。異国の果てで、「世界のはじまり」を実感する。
これは「自分探し」の物語なんだろうか。自分と世界の関係の物語だろうか。自らを解放するために、どれだけ旅をし、路地に迷い、危険な道路を横断し、何かを求めて走り出せばいいのだろうか。黒沢清の映画としては、ちょっと肩透かしなものだった。『Seventh Code』の荒唐無稽な展開を期待していただけに、ちょっとまったりとしたテンポだった。なんだか旅の軽やかさがなかったな。
製作年 2019年
製作国 日本・ウズベキスタン・カタール合作
配給 東京テアトル、
上映時間 120分
監督:黒沢清
脚本:黒沢清
プロデューサー:水野詠子、ジェイソン・グレイ、西ヶ谷寿一
撮影:芦澤明子
美術:安宅紀史
編集:高橋幸一
音楽:林祐介
キャスト:前田敦子、染谷将太、柄本時生、アディズ・ラジャボフ、加瀬亮
☆☆☆3
(タ)
前半はテレビ番組のロケクルーとレポーターの前田敦子の仕事ぶりが淡々と進行する。ディレクターの染谷将太やカメラマンの加瀬亮とレポーターの前田敦子の関係はいたってドライだ。無駄口をたたかず、プライベートにお互い立ち入らず、とても和やかな雰囲気とは言えないスタッフの空気。前田敦子は、一人でウズベキスタンの夜の街を食事の買い出しに出かける。車が行き交う道路を横切り、バスに乗り、暗くなった夜の路地を一人で歩く。素足を露出し、ウズベキスタンの男たちの好奇の目に晒されながら、会話を拒否し、ひとりで街をさまよう。
異国の地で言葉も分からないまま、孤独にレポーターの仕事をこなす。唯一、東京にいる恋人とのSNSでのやり取りが、自分を取り戻す時間である。料理ができていなくても、美味しそうに食べてレポートし、街の小さな遊園地で、何度も遊具に振り回されて吐きそうになりながらも、プロとして仕事を意地でも頑張る。
それが後半、別の顔を見せるようになる。飼われてつながれていたヤギを解放してから、自らの意思を示し始める。オペラ歌手の美しい歌声に導かれ、劇場に迷い込んで、舞台で自ら「愛の讃歌」を歌う幻想に立ち会う。そして、ミュージカルのオーディションを受ける夢を加瀬亮に語る。ロケは行き詰まり、ホテルの部屋で死んだように横たわる前田敦子。スタッフの指示に黙々と従っていたレポーター前田敦子は、、バザールで自らカメラを持ち、自分の興味で走り出す。スタッフのことなど置いてきぼりにして。しかし、ウズベキスタンの警官から、「あなたは、私たちのことをどれだけ知っているのですか」と問われる。知ろうとしなければ、コミュニケーションは成り立たない。自らの逃亡と拘束、恋人の危機を経て、前田敦子の内なる何かが動き出す。
ラスト、自分の分身ともいえる山の上のヤギを見つけて、彼女は突き動かされるように、歌を唄う。異国の果てで、「世界のはじまり」を実感する。
これは「自分探し」の物語なんだろうか。自分と世界の関係の物語だろうか。自らを解放するために、どれだけ旅をし、路地に迷い、危険な道路を横断し、何かを求めて走り出せばいいのだろうか。黒沢清の映画としては、ちょっと肩透かしなものだった。『Seventh Code』の荒唐無稽な展開を期待していただけに、ちょっとまったりとしたテンポだった。なんだか旅の軽やかさがなかったな。
製作年 2019年
製作国 日本・ウズベキスタン・カタール合作
配給 東京テアトル、
上映時間 120分
監督:黒沢清
脚本:黒沢清
プロデューサー:水野詠子、ジェイソン・グレイ、西ヶ谷寿一
撮影:芦澤明子
美術:安宅紀史
編集:高橋幸一
音楽:林祐介
キャスト:前田敦子、染谷将太、柄本時生、アディズ・ラジャボフ、加瀬亮
☆☆☆3
(タ)
「新聞記者」藤井道人
話題作である。観客も意外に入っているという。今年は政治を素材に扱った映画を観る機会が多い。「記者たち 衝撃と畏怖の真実」、「バイス」などのアメリカ映画に続いて日本で登場した本作は、東京新聞の名物記者・望月衣塑子の原案をもとに、実際の似たような事件がフィクションを交えて展開されている。加計学園の獣医学部新設問題、公文書改ざん、役人の自殺、前川喜平・元文部科学事務次官の「出会い系バー」報道、伊藤詩織のレイプ被害告発などなど。そして、内閣情報調査室の描かれ方はどこまでフィクションでどこまで真実なのか、興味深い。
「私たち、このままでいいんですか?」とシム・ウンギョン演じる吉岡記者が内閣情報調査室(内調)の官僚の松坂桃李に、つたないで日本語で迫る場面がある。「そんな言葉で、自分を納得させられるんですか?」と。そのまっすぐな視線と言葉がこの映画の基本スタンスだ。私たちに真摯に問いかける映画である。そして無表情に仕事に徹していた男が、上司の死をキッカケに、仕事に疑問を持ち始め、上司からの圧力と自らの信条や家族のことを思いながら未来を思い、板挟みに苦悩する姿が描かれる。
ストレートな映画ながら、映像はなかなかスタイリッシュだ。政治にはそれほど強い関心がなく、一度は断ったという藤井道人監督の映像センスが生きた感じだ。手持ちのヨリ中心のカメラは、しばしば揺れて見づらく不安定である。顔のアップ、手元などが効果的に挿入され、背景はボケたまま。セットや照明も工夫が凝らされている。内調の暗い室内、パソコンの液晶の光、そして真っ白で無機質な廊下で上司の田中哲司とすれ違う松坂桃李、レイプされた女性の記者会見でも暗い室内とパソコンの液晶画面の光が不気味に浮き上がる。
「この国の民主主義は形だけでいいんだ」と官僚(田中哲司)に言わせるのはやりすぎな感じで、自殺した神崎(高橋和也)の物語も強引な感じがする。家族や上司とのまっとうな思いと嘘を垂れ流す情報戦の闇というのは、いかにも善悪がはっきりしすぎていて単純だが、ラストはいい終わり方だと思う。横断歩道を挟んだそれぞれのつぶやき。ラストで懐柔されてしまうかのような弱さもまた人間なのだ。日本であまり作れなかった政治的映画がエンタメとして作られたことに意味があると思う。
製作年 2019年
製作国 日本
配給 スターサンズ、イオンエンターテイメント
上映時間 113分
監督:藤井道人
原案:望月衣塑子、河村光庸
脚本:詩森ろば、高石明彦、藤井道人
企画・製作:河村光庸
エグゼクティブプロデューサー:河村光庸、岡本東郎
撮影:今村圭佑
美術:津留啓亮
編集:古川達馬
音楽:岩代太郎
キャスト:シム・ウンギョン、松坂桃李、本田翼、岡山天音、高橋努、西田尚美、高橋和也、北村有起哉、田中哲司
☆☆☆☆4
(シ)
「私たち、このままでいいんですか?」とシム・ウンギョン演じる吉岡記者が内閣情報調査室(内調)の官僚の松坂桃李に、つたないで日本語で迫る場面がある。「そんな言葉で、自分を納得させられるんですか?」と。そのまっすぐな視線と言葉がこの映画の基本スタンスだ。私たちに真摯に問いかける映画である。そして無表情に仕事に徹していた男が、上司の死をキッカケに、仕事に疑問を持ち始め、上司からの圧力と自らの信条や家族のことを思いながら未来を思い、板挟みに苦悩する姿が描かれる。
ストレートな映画ながら、映像はなかなかスタイリッシュだ。政治にはそれほど強い関心がなく、一度は断ったという藤井道人監督の映像センスが生きた感じだ。手持ちのヨリ中心のカメラは、しばしば揺れて見づらく不安定である。顔のアップ、手元などが効果的に挿入され、背景はボケたまま。セットや照明も工夫が凝らされている。内調の暗い室内、パソコンの液晶の光、そして真っ白で無機質な廊下で上司の田中哲司とすれ違う松坂桃李、レイプされた女性の記者会見でも暗い室内とパソコンの液晶画面の光が不気味に浮き上がる。
「この国の民主主義は形だけでいいんだ」と官僚(田中哲司)に言わせるのはやりすぎな感じで、自殺した神崎(高橋和也)の物語も強引な感じがする。家族や上司とのまっとうな思いと嘘を垂れ流す情報戦の闇というのは、いかにも善悪がはっきりしすぎていて単純だが、ラストはいい終わり方だと思う。横断歩道を挟んだそれぞれのつぶやき。ラストで懐柔されてしまうかのような弱さもまた人間なのだ。日本であまり作れなかった政治的映画がエンタメとして作られたことに意味があると思う。
製作年 2019年
製作国 日本
配給 スターサンズ、イオンエンターテイメント
上映時間 113分
監督:藤井道人
原案:望月衣塑子、河村光庸
脚本:詩森ろば、高石明彦、藤井道人
企画・製作:河村光庸
エグゼクティブプロデューサー:河村光庸、岡本東郎
撮影:今村圭佑
美術:津留啓亮
編集:古川達馬
音楽:岩代太郎
キャスト:シム・ウンギョン、松坂桃李、本田翼、岡山天音、高橋努、西田尚美、高橋和也、北村有起哉、田中哲司
☆☆☆☆4
(シ)
「町田くんの世界」石井裕也
走り出すこと、思わず走り出してしまうこと、訳も分からずに、何も考えられずに走ること。そして、誰かを追いかけてしまうこと。そんな時を懐かしく思い出してしまう映画だ。
町田くんの存在そのものがファンタジーである。町田くんの走り方がまずヘンだ。前に進もうと走るのではなく、膝を高く上げて宙を飛ぼうとするかのような奇妙な走り方。そう、町田くんは宙を舞う。ジタバタと不器用に誰かを助けるために走っていた町田くんは、自らの思いのために宙を舞う。
新しい町田くんが誕生しようとしている時に、町田くんと猪原さんは走り、追いかけ、追いかけられ、逃げて、また追いかける。川べりの草むらで二人が走り回るシーンがいい。その訳の分からなさこそが、愛おしい。走らずにはいられない衝動こそが、かけがえのない時間なのだ。
石井裕也監督は、水や川が好きなのかもしれない。雨、プールに川辺・・・と、水が頻繁に登場する。満島ひかりと石井裕也監督の出世作の『川の底からこんにちは』でも、川が印象的に使われていた。今作でも、川辺とプールは、いつもの二人が過ごす場所であるし、二人が気持ちをぶつけ合う場所である。そして、雨は自分と向き合う時でもあり、素直に人に気持ちをぶつけるクライマックスの舞台となる。まるで、雨が降らなかったら、素直に気持ちをぶつけられないかのように、二人には雨が必要だった。
自分のことばかりのバラバラの時代だからこそ、町田くんのような誰かのために生きようとするファンタジー的存在が求められるのかもしれない。誰かのために何かをすることが、恥ずかしく、偽善的で、嘘くさく感じられ、怒りや毒や嘲笑や罵倒こそが、本当らしく感じる時代。恋の一生懸命さも、どこかファンタジーにしないと成立しないのかもしれない。主役の二人の不器用さと脇を固める役者陣の芸達者ぶりがいいバランスだ。前田敦子の毒舌ぶりも笑える。
それにしても学校のプールという場所は、相米慎二も岩井俊二も様々な映画監督たちが青春の舞台に使ってきた神聖なる場所なんだなぁ。リアリティなど何もない。馬鹿らしくコメディタッチの青春ファンタジーである。
製作年 2019年
製作国 日本
配給 ワーナー・ブラザース映画
上映時間 120分
監督:石井裕也
原作:安藤ゆき
脚本:石井裕也、片岡翔
企画:北島直明
プロデュース:北島直明
撮影:柳田裕男
美術:井上心平
編集:普嶋信一
音楽:河野丈洋
キャスト:細田佳央太、関水渚、岩田剛、高畑充希、前田敦子、太賀、池松壮亮、戸田恵梨香、佐藤浩市、北村有起哉、松嶋菜々子
☆☆☆☆4
(マ)
町田くんの存在そのものがファンタジーである。町田くんの走り方がまずヘンだ。前に進もうと走るのではなく、膝を高く上げて宙を飛ぼうとするかのような奇妙な走り方。そう、町田くんは宙を舞う。ジタバタと不器用に誰かを助けるために走っていた町田くんは、自らの思いのために宙を舞う。
新しい町田くんが誕生しようとしている時に、町田くんと猪原さんは走り、追いかけ、追いかけられ、逃げて、また追いかける。川べりの草むらで二人が走り回るシーンがいい。その訳の分からなさこそが、愛おしい。走らずにはいられない衝動こそが、かけがえのない時間なのだ。
石井裕也監督は、水や川が好きなのかもしれない。雨、プールに川辺・・・と、水が頻繁に登場する。満島ひかりと石井裕也監督の出世作の『川の底からこんにちは』でも、川が印象的に使われていた。今作でも、川辺とプールは、いつもの二人が過ごす場所であるし、二人が気持ちをぶつけ合う場所である。そして、雨は自分と向き合う時でもあり、素直に人に気持ちをぶつけるクライマックスの舞台となる。まるで、雨が降らなかったら、素直に気持ちをぶつけられないかのように、二人には雨が必要だった。
自分のことばかりのバラバラの時代だからこそ、町田くんのような誰かのために生きようとするファンタジー的存在が求められるのかもしれない。誰かのために何かをすることが、恥ずかしく、偽善的で、嘘くさく感じられ、怒りや毒や嘲笑や罵倒こそが、本当らしく感じる時代。恋の一生懸命さも、どこかファンタジーにしないと成立しないのかもしれない。主役の二人の不器用さと脇を固める役者陣の芸達者ぶりがいいバランスだ。前田敦子の毒舌ぶりも笑える。
それにしても学校のプールという場所は、相米慎二も岩井俊二も様々な映画監督たちが青春の舞台に使ってきた神聖なる場所なんだなぁ。リアリティなど何もない。馬鹿らしくコメディタッチの青春ファンタジーである。
製作年 2019年
製作国 日本
配給 ワーナー・ブラザース映画
上映時間 120分
監督:石井裕也
原作:安藤ゆき
脚本:石井裕也、片岡翔
企画:北島直明
プロデュース:北島直明
撮影:柳田裕男
美術:井上心平
編集:普嶋信一
音楽:河野丈洋
キャスト:細田佳央太、関水渚、岩田剛、高畑充希、前田敦子、太賀、池松壮亮、戸田恵梨香、佐藤浩市、北村有起哉、松嶋菜々子
☆☆☆☆4
(マ)