「夜の樹」トルーマン・カポーティ/川本三郎訳(新潮文庫)

カポーティ―の都会の孤独、内へ内へと閉じ籠っていく閉塞感と幻想性。どの短編も読みごたえがあり、ひんやりとした寂しさが感じられる。「ミリアム」はクリスマスの雪の夜に孤独な初老の女性が、映画館の前で少女と出会う物語だが、ドッペンゲルガ―のような幻想譚として味わい深い。「夜の樹」は、汽車の中で小人の大道芸人の男女に出会う若い女性の物語。生きたまま埋められる小人の男とおしゃべりな女の存在感が怖い。小さい頃聞かされた、夜の樹に子どもをさらっていく魔物が潜んでいるという話を少女が思い出すように、心の闇と魔物を抱えている人物たち。「夢を売る少女」は、怪しげな人物に本当に夢をお金に替えてしまう孤独な少女の話で、彼女の唯一の話し相手がアル中の浮浪者だ。社会に適応できない異端者たちが、孤独な主人公のそばに寄り添う。

一方、南部の田舎町の物語はちょっと不思議な幻想性と温かさがある。「誕生日の子供たち」は、田舎町に引っ越してきたミス・ポピットという10歳の女の子の話。魅力的で大人っぽく、踊りもうまい。田舎町の子供たちを魅了するミス・ポピットは、スターになれるという触れこみのオーディションに参加して、町の人たちを歌と踊りで魅了するが、そのコンテストというのは詐欺だった。彼女が町を出ていこうとする日、最後にあっけなくバスに轢き殺されてしまう結末。魔法から覚める現実がなんとも皮肉だ。「銀の壜」は、ドラッグストアの客寄せのために、壜の中の硬貨の金額を当てるというゲームで町中が大騒ぎ。クリスマスの日の抽選会までに、いろんな町の人が金額を予想するのだが、壜の中を何日も見続けて、金貨を数える不思議な少年と妹が現れる。奇跡のようなクリスマスの田舎町のエピソード。「感謝祭のお客」もまた、カポーティ―の南部のアラバマの子供時代の思い出がベースになっている。カメオを盗んだいじめっ子と優しい老婆。孤独な少年の唯一の友だちの老婆の存在が温かい。

テーマ : ブックレビュー
ジャンル : 小説・文学

「高い窓」レイモンド・チャンドラー/村上春樹訳(ハヤカワ・ミステリ文庫)

ご存知、探偵フィリップ・マーロウもの。裕福な老女エリザベス・マードックから、出奔した義理の娘リンダが夫の遺品を持ち出したと思われる貴重な金貨を取り戻してほしいと依頼される。ろくでもない息子レスリーや潔癖症の秘書のマール、ヤクザなチンピラのバニアーや古物商や歯科技工士を使ったニセ金貨づくりなども登場し、物語として面白い。派手でタフなマーロウの活劇はないが、展開が面白いし、比喩的な描写が抜群。古物商のある古いエレベーター案内の老人や刑事やヘボ探偵など、脇役のキャラクターの造型も活き活きとしている。

マーロウが行くところに死体あり、という感じで次々と殺人事件が起き、彼が物陰に隠れて真実を知るという都合のいい展開もいろいろあるが、そんなこと差し引いても十分面白い。マールの純真無垢さがいい。



テーマ : ブックレビュー
ジャンル : 小説・文学

「高い城の男」フィリップ・K・ディック

第二次世界大戦で勝ったのは、アメリカやイギリス連合国ではなく、ドイツや日本だったら・・・というアイディアで描かれたSF小説。アメリカがナチスドイツと日本の分断国家となり、日本支配下のサンフランシスコが舞台。易経の「卦」が行動原理の重要な役割を果たし、東洋の神秘的な日本観が描かれていたりするところが、ちょっと変な感じ。美術商やユダヤ人工芸職人、田上という日本人官僚、アメリカ人女性などそれそれの登場人物が絡まっていく物語は面白い。小説のなかで秘かにベストセラーになっている連合国側が勝利した逆転の逆転小説も登場し、虚構と現実を複層させる。フィリップ・K・ディックは、「道(タオ)」の東洋的世界観に惹かれたようだが、いま一つだった。

テーマ : ブックレビュー
ジャンル : 小説・文学

「女に二度決断する」ファティ・アキン

二度
(C)2017 bombero international GmbH & Co. KG, Macassar Productions, Pathe Production, corazon international GmbH & Co. KG, Warner Bros. Entertainment GmbH

トルコ移民の両親のもと、ドイツのハンブルグ生まれのファティ・アキン監督は、ずっとドイツのトルコ移民の問題を扱ってきた。それが彼の出自である以上、その問題から逃れられないのだろう。そして今作も、トルコ移民の夫と結婚したドイツ人女性カティヤの苦悩をめぐる物語である。絶望的な深い哀しみと復讐の怒りを心のうちに滲ませた妻を演じるダイアン・クルーガーが素晴らしい。彼女の独り舞台とも言えるこの映画は、彼女の演技で支えられている。

トルコ移民である夫はハンブルグのトルコ人街で起業し、会社を構えていた。妻のカティヤは友人とトルコ風呂でくつろぐために、日中、一人息子を夫に預けた。その間に起きた爆弾テロ。犯人は移民排斥を訴えるネオナチだった。

最愛の夫と息子を一瞬にして失った妻カティアの苦悩は計り知れない。冒頭は愛にあふれた夫との結婚式、息子や夫との幸福なやりとり、そして友人と浴場でくつろぐ場面など、これから起きる惨劇とはかけ離れた幸福な日常が描かれる。そして、夫の会社に戻ってからの爆発事故現場との遭遇という具合に、映画はカティアに寄り添う形で進行していく。だから、派手な爆発場面は描かれない。遺体とも対面できぬまま、DNA鑑定で夫と息子の死が知らされ、突然の悲劇を受け入れざるをえず、戸惑いながらも哀しみに沈んでいく。前半は雨がずっと降り続く。降り続ける雨が、彼女の哀しみを深く深く沈みこませる。夜の窓ガラスの雨の雫が影となって彼女の顔に映る場面など、映像の描写もいい感じだ。トルコ人の両親とのやりとりや、ドイツ人の母との確執も見応えがある。夫には薬物売買を扱っていた前科があり、善良なる市民と描いていないところもリアリティがある。そこにはトルコ移民の現実がある。

中盤はほとんど法廷のシーンが続く。友人の弁護士ダニーロ(デニス・モシット)とともにネオナチの被疑者カップルとその弁護士と対峙する。このネオナチの弁護士がなんとも憎らしくてうまい。凄惨な事故現場の証言とともに、子供を失った彼女の心理は追いつめられていく。そして、弁護団の卑劣な言い逃れに怒りが少しずつ増幅されていくあたりも構成的にうまい。

そしてラストは、ギリシアの海へ。何度も繰り返されるスマホで録画された家族の幸福な海辺のシーンが泣ける。カティアは何度もスマホ動画で、最愛の夫と息子への思いを募らせる。哀しみの雨は海へと還っていく。そしてある行動をとる。

それについてはネタバレになるので書かないが、一度決意した行動を取りやめ、別の形で実行するのが、この映画の重要なところだろう。暴力やテロをどのように封印していくか。怒りの連鎖を断ち切るために、どうすればいいのか。裁判という公正な仕組みがうまく機能しなかったとき、我々はその理不尽な現実とどう向き合えばいいのか。この映画のカティヤが取った行動は正しかったのか、映画はなにも語っていない。ただただ、そうせざるをえなかった哀しみと苦悩が描かれるだけである。私は彼女の行動に共感しつつも、どこか割り切れぬ思いを抱えて、映画館を後にした。結局は復讐をしただけではないのか。正解などない。この不条理な暴力の現実に対して、我々がどう立ち向かっていくのかは、人類の永遠の課題である。復讐し続けるという暴力の連鎖を断ち切ることを、どうやったら目指せるのかは、とても簡単なことではない。そのために裁判があり、社会がある。しかし、現実の争いは止まない。その重さだけが、ずっしりと伝わってくる映画である。なんとも重くやりきれない映画だ。ファティ・アキンの映画は初期の方が面白く感じていた。だんだん単純化されているような気もする。


原題 Aus dem Nichts
製作年 2017年
製作国 ドイツ
配給 ビターズ・エンド
上映時間 106分
映倫区分 PG12
監督:ファティ・アキン
脚本:ファティ・アキン、ハーク・ボーム
撮影:ライナー・クラウスマン
美術:タモ・クンツ
音楽:ジョシュア・ホーミ
キャスト:ダイアン・クルーガー、デニス・モシット、ヨハネス・クリシュ、サミア・シャンクラン、ヌーマン・アチャル、ヘニング・ペカー

☆☆☆☆4
(オ)

テーマ : 映画レビュー
ジャンル : 映画

tag : 人生 家族 社会 法廷 ☆☆☆☆4

「歓待」深田晃司

新作「海を駆ける」が公開間近で気になる深田晃司監督だが、「淵に立つ」という家族崩壊の恐怖を描いた傑作の元となるような映画をだいぶ前に撮っていた。「淵に立つ」では浅野忠信の怪演が際立っていたが、この作品も同じように家庭に不気味な侵入者がやってくる映画で、流れ者のような謎の男を演じる古舘寛治が素晴らしい。最近、テレビドラマでもバイプレイヤーとして活躍中のヒゲ男だ。

下町の印刷工場が舞台。若い妻(杉野希妃)と前妻の娘と出戻りの妹と暮らしている印刷工の男(山内健司)の家族のところに、加川花太郎(古舘寛治)という男がやってくる。この家にスルッと入り込む感じが、「淵に立つ」の浅野忠信にソックリなのだ。なんだかよくわからない男なのに、いつの間にか工場の住み込み従業員として一緒に暮らし始める。その得体の知れない男の不気味さが映画を牽引する。さらに、外人の妻(ブライアリー・ロング)も連れ込み、印刷工の男を誘惑させたりもする。その浮気の弱みを握られた男は、加川が次々と連れてくる不法入国の外国人たちを拒否できない。小さな部屋に溢れるばかりの不法入国外国人たち。ちょっとシュールでユーモラスな展開。リアリティはない。不気味な外部の者たちが家庭に侵入してくる疑似共同体の話でもある。町内会のおばさんたちは、怪しげな外国人たちを排除しようとする。古舘寛治演じる加川という人物は、不法入国外国人の斡旋業者だということが最後にわかるのだが、いい人なのか、悪人なのかよくわからない微妙な存在だ。不法入国外国人たちを助けて住むところを与え、印刷工場での働き口まで世話する親切さもあるのだが、本当のところは何を考えているのかわからない。外国人の妻も偽装カップルなのかもよく分からないし、その外国人妻と印刷工の男が浮気するのを望遠鏡で覗いて楽しんだりもしている。

他者が家族という閉鎖的な場所に入り込むことでの不協和音。その不協和音から、新たな関係が生まれ、家族が変化していく。この映画で言えば、この印刷屋の夫婦は、お互い浮気することになるのだが、外国人との大騒ぎパーティーのなかで、ビンタし合うのが面白い。お互いの距離感が、その大騒ぎの中で一気に縮まるのだ。深田晃司は、家族というものの日常が他者の侵入という非日常的な展開で起きる化学変化を描いている。その日常が少しずつ変化し、壊れていくぬるっとした不気味さが魅力だ。


製作年 2010年
製作国 日本
配給 和エンタテインメント
上映時間 96分
監督:深田晃司
プロデューサー:杉野希妃、深田晃司
芸術監督:平田オリザ
脚本:深田晃司
撮影・照明:根岸憲一
美術:鈴木健介
編集:深田晃司
音楽:やぶくみこ
キャスト:山内健司、杉野希妃、古舘寛治、ブライアリー・ロング、オノエリコ、松田弘子、河村竜也、菅原直樹、齋藤晴香、永井秀樹、足立誠、兵藤公美

☆☆☆☆4
(カ)

テーマ : TVで見た映画
ジャンル : 映画

tag : 家族 ホラー コメディ ☆☆☆☆4

プロフィール

ヒデヨシ

Author:ヒデヨシ
札幌でテレビの仕事をしている
オヤジです。
映画にまつわる雑文です。
2006年からの映画レビュー。
それから、本の感想を少し。


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映画ベスト10 2009~2017年
2017年ベスト10
<洋画>
    「パターソン」
    「動くな!死ね!甦れ!」(1989)
    「誰のせいでもない」
    「ありがとう、トニー・エルドマン」
    「オン・ザ・ミルキー・ロード」
    「パーソナル・ショッパー」
    「マンチェスター・バイ・ザ・シー」
    「マリアンヌ」
    「婚約者の友人」
    「セールスマン」

<日本映画>
    「散歩する侵略者
/予兆 散歩する侵略者」
    「三度目の殺人」
    「南瓜とマヨネーズ」
    「光(大森立嗣)」
    「息の跡」
    次点「彼女がその名を知らない鳥たち」
    次点「幼な子われらに生まれ」
    次点「バンコクナイツ」


2016年ベスト10
<洋画>
    ダゲレオタイプの女
    マイ・ファニー・レディ
    キャロル
    シング・ストリート 未来へのうた
    リザとキツネと恋する死者たち
    グッバイ・サマー
    サウルの息子
    マジカル・ガール
    ブリッジ・オブ・スパイ
    手紙は憶えている
<日本映画>
    淵に立つ
    クリーピー 偽りの隣人
    海よりもまだ深く
    ふきげんな過去
    SCOOP!
    永い言い訳
    オーバー・フェンス
    ディストラクション・ベイビーズ
    葛城事件
    湯を沸かすほどに熱い愛
    次点この世界の片隅に


2015年ベスト10
<洋画>
    やさしい女
    さよなら人類
    さらば、愛の言葉よ
    毛皮にヴィーナス
    雪の轍
    愛して飲んで歌って
    サンドラの週末
    サイの季節
    インヒアレント・ヴァイス
    ソニはご機嫌ななめ

<日本映画>
    海街dairy
    岸辺の旅
    FOUJITA
    百円の恋
    この国の空


2014年ベスト10
<洋画>
    エレニの帰郷
    グランド・ブタペスト・ホテル
    罪の手ざわり
    ウルフ・オブ・ウォールストリート
    ジャージー・ボーイズ
    インサイド・ルーウィン・デイヴィス
    6才のボクが、大人になるまで。
    フランシス・ハ
    ウォールフラワー
    ある過去の行方

    <日本映画>
    そこのみにて光輝く
    ニシノユキヒコの恋と冒険
    紙の月
    Sventh Code
    私の男


      2013年映画ベスト5
<洋画>
    1、「愛、アムール」
    2、「ホーリー・モーターズ」
    3、「オンリー・ラバーズ・レフト・アライブ」
    4、「いとしきエブリデイ」
    5、「ムーンライズ・キングダム」
    ※番外「カリフォルニア・ドールズ」(1981年)

    <日本映画>
    1、「共喰い」
    2、「さよなら渓谷」
    3、「恋の渦」
    4、「リアル 完全なる首長竜の日」
    5、「Playback」(2012年)


    2012年映画ベスト10
<洋画>
    2、「少年と自転車」
    3、「Pina ピナ・バウシュ 躍り続けるいのち」
    4、「ライク・サムワン・イン・ラブ」
    5、「きっと ここが帰る場所」
    6、「ドライヴ」
    7、「風にそよぐ草」
    8、「恋のロンドン狂騒曲」
    9、「おとなのけんか」
    10、「別離」
    次点 「裏切りのサーカス」
番外
    「永遠の僕たち」
    「J・エドガー」
    「家族の庭」

    3、「演劇1&2」
    4、「夢売るふたり」
    5、「アウトレイジビヨンド」
    番外 「ヒミズ」


2011年映画ベスト10
    3,「ブルーバレンタイン」
    4,「愛する人」
    5,「クリスマス・ストーリー」
    6,「トゥルー・グリット」
    7,「SOMEWHERE」
    8,「さすらいの女神(ディーバ)たち」
    9,「エリックを探して」
    10,「シリアスマン」
    次点,「エッセンシャル・キリング」

    3,「あぜ道のダンディ」
    4,「マイ・バック・ページ」
    5,「冷たい熱帯魚」

    2010年映画ベスト10
    3、フローズン・リバー
    4、アンナと過ごした4日間(2008)
    5、Babble/バブル(2005)
    6、パリ20区、僕たちのクラス
    7、クレイジー・ハート
    8、ずっとあなたを愛してる
    9、千年の祈り
    10、シルビアのいる街で
    次点、闇の列車、光の旅

    3、川の底からこんにちは
    4、さんかく
    5、ノルウェイの森
    次点、乱暴と待機


2009年映画ベスト10
    3、リミッツ・オブ・コントロール
    4、あの日、欲望の大地で
    5、人生に乾杯!
    6、ウェディング・ベルを鳴らせ!
    7、チェンジリング
    8、ロルナの祈り
    9、レスラー
    10、夏時間の庭

<日本映画>
    1、ディア・ドクター
    2、空気人形
    3、ウルトラミラクルラブストーリー
    4、インスタント沼
    5、ノン子36歳(家事手伝い)
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