「ブルーアワーにぶっ飛ばす」箱田優子
ブルーアワーとは、日の出前、日の入り後の世界が青一色に染まる美しい時間のこと。夏帆演じるCMディレクター砂田は、茨城の片田舎で育ち、子供のころ夜明け前に目が覚めて、一人で野原を全力疾走したという。世界に怖いものが何もない<無敵>だったあの頃。希望と自信に溢れ、未来は無限大だった。大嫌いな田舎を抜け出し、東京で最前線で仕事をしつつも、今は心は荒んでいた。
仕事仲間のユースケ・サンタマリアとの不倫、仕事へのいら立ち、ヘラヘラと愛想笑いでピンチを切り抜け、酒を飲んで街をふらふらとする生活。早口でまくしたてて仕事をしつつ、ふてくされ顔で満たされない日々を演じる夏帆がいい。『天然コケッコー』のあどけない少女の夏帆はもういない。現代の社会を生きる不満を抱えた女性がここにいる。何の文句も言わない優しい夫(渡辺大知)がいるのに、「クソくらえな毎日」・・・。
祖母が病気から快復したという知らせを受けて、田舎に帰る砂田は、親友の清浦(シム・ウンギョン)と一緒に行くことになる。『新聞記者』とはまた全く違う明るい女性をシム・ウンギョンが演じているが、彼女の屈託なさがいい。夏帆のひねくれ方とは正反対の明るい屈託のない笑顔が、田舎の家族たちともすぐに打ち解けて仲良くなる。茨城弁の母役の南果歩が素晴らしい。母親のうざったさを見事に演じ、何もしない父親のでんでん、引きこもり気味の兄(黒田大輔)とともに、家族の鬱陶しくいやになる感じが見事に演出されている。さらに豪雨の夜のスナックのワンシーンも効果的。伊藤沙莉が田舎のスナックの女性の感じを出しつつ、スナックのママに夏帆が、「あなたの作り笑顔が嫌い」とたしなめられる。ブちギレる夏帆。
まわりとなんだかうまくいかない不満の日々、クソくらえの毎日。あの少女時代の「ブルーアワー」はもう遠い昔のこと。祖母の病室で、夏帆は大好きだった祖母の爪を切る。皺だらけの祖母の手を握りつつ、時間は過ぎ去ってしまったことを知る。近づく祖母の死。子供のころ、思い出す昆虫や動物たちの無慈悲で残酷な死。「死のうかな」とつぶやく砂田に「人はみんな死にますよ」と軽く答える清浦。もしかしたら、清浦(シム・ウンギョン)は、砂田(夏帆)の幻影のパートナーなのかもしれない。自分には決してできないものを持った清浦は、いつも砂田のそばにいて支えてくれていた存在なのかも。日が暮れるブルーアワーの光にあたりが染まる頃、車の運転が清浦だったのが、いつのまにか清浦の姿はなく、砂田一人だった。
新人監督の箱田優子のオリジナル脚本で自伝的要素が強い作品だとか。うまくいかないで空回りしている感じが出ていていい。鬱陶しかった田舎や家族、生と死。必死にもがいていた今が、少しだけ変わって感じられる。そんなささやかな日常が描かれていて好感が持てる。役者たちの演出も見事だ。次回作も期待したい。
2019年製作/92分/G/日本
配給:ビターズ・エンド
監督:箱田優子
脚本:箱田優子
製作:中西一雄
撮影:近藤龍人
照明:藤井勇
編集:今井大介
音楽:松崎ナオ
キャスト:夏帆、シム・ウンギョン、渡辺大知、ユースケ・サンタマリア、黒田大輔、嶋田久作、伊藤沙莉、でんでん、南果歩
☆☆☆☆4
(フ)
仕事仲間のユースケ・サンタマリアとの不倫、仕事へのいら立ち、ヘラヘラと愛想笑いでピンチを切り抜け、酒を飲んで街をふらふらとする生活。早口でまくしたてて仕事をしつつ、ふてくされ顔で満たされない日々を演じる夏帆がいい。『天然コケッコー』のあどけない少女の夏帆はもういない。現代の社会を生きる不満を抱えた女性がここにいる。何の文句も言わない優しい夫(渡辺大知)がいるのに、「クソくらえな毎日」・・・。
祖母が病気から快復したという知らせを受けて、田舎に帰る砂田は、親友の清浦(シム・ウンギョン)と一緒に行くことになる。『新聞記者』とはまた全く違う明るい女性をシム・ウンギョンが演じているが、彼女の屈託なさがいい。夏帆のひねくれ方とは正反対の明るい屈託のない笑顔が、田舎の家族たちともすぐに打ち解けて仲良くなる。茨城弁の母役の南果歩が素晴らしい。母親のうざったさを見事に演じ、何もしない父親のでんでん、引きこもり気味の兄(黒田大輔)とともに、家族の鬱陶しくいやになる感じが見事に演出されている。さらに豪雨の夜のスナックのワンシーンも効果的。伊藤沙莉が田舎のスナックの女性の感じを出しつつ、スナックのママに夏帆が、「あなたの作り笑顔が嫌い」とたしなめられる。ブちギレる夏帆。
まわりとなんだかうまくいかない不満の日々、クソくらえの毎日。あの少女時代の「ブルーアワー」はもう遠い昔のこと。祖母の病室で、夏帆は大好きだった祖母の爪を切る。皺だらけの祖母の手を握りつつ、時間は過ぎ去ってしまったことを知る。近づく祖母の死。子供のころ、思い出す昆虫や動物たちの無慈悲で残酷な死。「死のうかな」とつぶやく砂田に「人はみんな死にますよ」と軽く答える清浦。もしかしたら、清浦(シム・ウンギョン)は、砂田(夏帆)の幻影のパートナーなのかもしれない。自分には決してできないものを持った清浦は、いつも砂田のそばにいて支えてくれていた存在なのかも。日が暮れるブルーアワーの光にあたりが染まる頃、車の運転が清浦だったのが、いつのまにか清浦の姿はなく、砂田一人だった。
新人監督の箱田優子のオリジナル脚本で自伝的要素が強い作品だとか。うまくいかないで空回りしている感じが出ていていい。鬱陶しかった田舎や家族、生と死。必死にもがいていた今が、少しだけ変わって感じられる。そんなささやかな日常が描かれていて好感が持てる。役者たちの演出も見事だ。次回作も期待したい。
2019年製作/92分/G/日本
配給:ビターズ・エンド
監督:箱田優子
脚本:箱田優子
製作:中西一雄
撮影:近藤龍人
照明:藤井勇
編集:今井大介
音楽:松崎ナオ
キャスト:夏帆、シム・ウンギョン、渡辺大知、ユースケ・サンタマリア、黒田大輔、嶋田久作、伊藤沙莉、でんでん、南果歩
☆☆☆☆4
(フ)
「ジョーカー」トッド·フィリップス
ホアキン・フェニックスが素晴らしい。「笑うことがこんなに悲しいこと」だと表現した役者はいないだろう。蟹江敬三に似ているなと思いながら、彼の哀しみの笑いに引き込まれていった。チャップリンのような道化師=ピエロの笑いの裏側にある哀しみや淋しさは、誰もが共感するところだろうが、ホアキン・フェニックスの引き攣った笑いのなかにある哀しみは、絶望的であり、病的な苦しさだ。その奇妙な笑いが冒頭にまず提示される。
「人は誰も泣きながら笑い、怒りながら悲しみ、不安を抱えながら安堵するような存在だ」と内田樹の盟友、平川克美(『21世紀の楕円幻想論』 など)が書いているように、誰もが二面性を持ち、光と闇を抱えており、「ジョーカー」になる要素を持っている。その二重性の人間ドラマを描きつつ、チャップリンから「タクシー・ドライバー」のロバート・デ・ニーロへの憧れを経て、悪のヒーローは誕生する。しかし、この映画はそれだけにとどまらず、グローバリズムの格差社会の果ての人々の怒りと鬱憤を吸収し、誰もが「ジョーカー」となり、暴徒化しうることを描いている。ラストで町は大混乱へと向かう。単なる社会から疎外された人間の個人的なテロではなく、暴動に発展しかねない不満のマグマを現代社会は抱えているのだということを示している映画だ。そこが注目されている所以だろう。
地下鉄でエリート証券マンたちを殺害した後、トイレで一人、恍惚のダンスを踊る。あるいは、失うものは何もなくなり、本物の「ジョーカー」になって茶色のスーツとピエロのメイクをして、町の階段で踊るダンス姿がなんともカッコいい。ちょっと「変り過ぎだろ」と思いつつ、悪のヒーローになった彼のダンスに見惚れてしまう。
それに比べて走る姿は、必死で悲しい。最初にガキたちにからかわれ、看板を取り返そうと走り、母の入院記録と自分の虐待記録を抱えて走り、刑事から逃走し、車と激突しながらも走る。不幸と悲しみを笑うことでやり過ごしてきた絶望。笑わせようとして、笑われてきた人生。母とのダンスや恍惚のダンスが幻想の人生だとすれば、笑い、走る彼は現実の人生だ。現実を飛び越えて、恍惚のダンスを踊るとき、ピエロはヒーロー「ジョーカー」になった。
「ジョーカー」
監督・製作・共同脚本:トッド・フィリップス
共同脚本:スコット・シルバー
出演:ホアキン・フェニックス、ロバート・デ・ニーロほか
配給:ワーナー・ブラザース映画
☆☆☆☆4
(シ)
「人は誰も泣きながら笑い、怒りながら悲しみ、不安を抱えながら安堵するような存在だ」と内田樹の盟友、平川克美(『21世紀の楕円幻想論』 など)が書いているように、誰もが二面性を持ち、光と闇を抱えており、「ジョーカー」になる要素を持っている。その二重性の人間ドラマを描きつつ、チャップリンから「タクシー・ドライバー」のロバート・デ・ニーロへの憧れを経て、悪のヒーローは誕生する。しかし、この映画はそれだけにとどまらず、グローバリズムの格差社会の果ての人々の怒りと鬱憤を吸収し、誰もが「ジョーカー」となり、暴徒化しうることを描いている。ラストで町は大混乱へと向かう。単なる社会から疎外された人間の個人的なテロではなく、暴動に発展しかねない不満のマグマを現代社会は抱えているのだということを示している映画だ。そこが注目されている所以だろう。
地下鉄でエリート証券マンたちを殺害した後、トイレで一人、恍惚のダンスを踊る。あるいは、失うものは何もなくなり、本物の「ジョーカー」になって茶色のスーツとピエロのメイクをして、町の階段で踊るダンス姿がなんともカッコいい。ちょっと「変り過ぎだろ」と思いつつ、悪のヒーローになった彼のダンスに見惚れてしまう。
それに比べて走る姿は、必死で悲しい。最初にガキたちにからかわれ、看板を取り返そうと走り、母の入院記録と自分の虐待記録を抱えて走り、刑事から逃走し、車と激突しながらも走る。不幸と悲しみを笑うことでやり過ごしてきた絶望。笑わせようとして、笑われてきた人生。母とのダンスや恍惚のダンスが幻想の人生だとすれば、笑い、走る彼は現実の人生だ。現実を飛び越えて、恍惚のダンスを踊るとき、ピエロはヒーロー「ジョーカー」になった。
「ジョーカー」
監督・製作・共同脚本:トッド・フィリップス
共同脚本:スコット・シルバー
出演:ホアキン・フェニックス、ロバート・デ・ニーロほか
配給:ワーナー・ブラザース映画
☆☆☆☆4
(シ)
「火口のふたり」荒井晴彦
性愛の世界を描かせたらこの人が一番じゃないかと思う脚本家、荒井晴彦の3本目の監督作品である。オープニング、下田逸郎の曲を歌う女性の声が聴こえてくると、彼の最初の監督作品『身も心も』を思い出す。『身も心も』は、下田逸郎の名曲を石川セリが歌う「セクシィ」を使っていた。私も大好きな曲で、「あぁ、この曲を使ったのか」と、それだけでうれしくなったのを覚えている。
さて、この映画は男と女の愛、そのものの映画である。ピンク映画のように性愛描写がふんだんに出てくる。廣木隆一監督の『彼女の人生は間違いじゃない』でも体当たりで演じていた瀧内公美が、今作でも美しい裸体をさらけ出し、魅力的な女性を演じている。あの映画では、震災後の福島から性風俗の仕事をしに何度も上京する女性を演じてた。震災が人々の人生に大きな影を投げかけている映画だったが、この映画も地震や自然災害が大きな要素になっている。死とエロス。性愛の世界はどこかで死の世界とつながっている。死を間近に感じるからこその生であり、性愛でもある。
結婚する直前の女が、元カレの柄本佑と再会し、身体に正直にかつての愛を取り戻す映画だ。「今夜だけ、あの頃に戻ってみない?」。富士山の火口の写真の目で、疑似的な死を体験した二人。いとこ同志であることに後ろめたさを感じていた男。刺激的なセックスばかりを繰り返し、身体の結びつきを深めていったかつてのふたり。女はいつまでもヘビのような男の身体の感触を覚えていた。女は男の身体に、消えたはずの炎をつけた。「今夜だけ」では済まなくなる二人。
「けんちゃん」と女は何度も男の名を呼ぶ。その呼び方がなんとも愛に満ちている。結婚するために別れる日を決めながら、デートを重ねる二人。その時間がせつない。好きなのに別れを決めている二人。そんな時に地震が起きる。秋田で東北大震災を経験した彼女は、間近で多くの死者たちを見た。生き残った者のうしろめたさ。今を生きるしかないと言う男。いつ何が起きようとも。
大きな震災を経験した我々は、またいつ起きるともわからない災害を近くで感じている。だからこそ、「今」があり、人と人を強く結びつける性愛の強さがある。
誰もが夢中になった「あの頃」を懐かしく思い出す。今このときこそが「愛おしく、せつない、かけがえのない時間であること」を、思い出させてくれる映画だ。二人しかほぼ出てこない映画だけど、決して中だるみもせず、面白く見れたのは、脚本の力と二人の役者の力だろう。若い人に見てほしいな。性愛の結びつきの強さこそ、世界で何が起きようとも、生き抜く力となる。
2019年製作/115分/R18+/日本
配給:ファントム・フィルム
監督:荒井晴彦
原作:白石一文
脚本:荒井晴彦
製作:瀬井哲也 小西啓介 梅川治男
エグゼクティブプロデューサー:岡本東郎 森重晃
プロデューサー:田辺隆史 行実良
企画:寺脇研
撮影:川上皓市
照明:川井稔 渡辺昌
編集:洲崎千恵子
音楽:下田逸郎
キャスト:柄本佑、瀧内公美
☆☆☆☆4
(カ)
さて、この映画は男と女の愛、そのものの映画である。ピンク映画のように性愛描写がふんだんに出てくる。廣木隆一監督の『彼女の人生は間違いじゃない』でも体当たりで演じていた瀧内公美が、今作でも美しい裸体をさらけ出し、魅力的な女性を演じている。あの映画では、震災後の福島から性風俗の仕事をしに何度も上京する女性を演じてた。震災が人々の人生に大きな影を投げかけている映画だったが、この映画も地震や自然災害が大きな要素になっている。死とエロス。性愛の世界はどこかで死の世界とつながっている。死を間近に感じるからこその生であり、性愛でもある。
結婚する直前の女が、元カレの柄本佑と再会し、身体に正直にかつての愛を取り戻す映画だ。「今夜だけ、あの頃に戻ってみない?」。富士山の火口の写真の目で、疑似的な死を体験した二人。いとこ同志であることに後ろめたさを感じていた男。刺激的なセックスばかりを繰り返し、身体の結びつきを深めていったかつてのふたり。女はいつまでもヘビのような男の身体の感触を覚えていた。女は男の身体に、消えたはずの炎をつけた。「今夜だけ」では済まなくなる二人。
「けんちゃん」と女は何度も男の名を呼ぶ。その呼び方がなんとも愛に満ちている。結婚するために別れる日を決めながら、デートを重ねる二人。その時間がせつない。好きなのに別れを決めている二人。そんな時に地震が起きる。秋田で東北大震災を経験した彼女は、間近で多くの死者たちを見た。生き残った者のうしろめたさ。今を生きるしかないと言う男。いつ何が起きようとも。
大きな震災を経験した我々は、またいつ起きるともわからない災害を近くで感じている。だからこそ、「今」があり、人と人を強く結びつける性愛の強さがある。
誰もが夢中になった「あの頃」を懐かしく思い出す。今このときこそが「愛おしく、せつない、かけがえのない時間であること」を、思い出させてくれる映画だ。二人しかほぼ出てこない映画だけど、決して中だるみもせず、面白く見れたのは、脚本の力と二人の役者の力だろう。若い人に見てほしいな。性愛の結びつきの強さこそ、世界で何が起きようとも、生き抜く力となる。
2019年製作/115分/R18+/日本
配給:ファントム・フィルム
監督:荒井晴彦
原作:白石一文
脚本:荒井晴彦
製作:瀬井哲也 小西啓介 梅川治男
エグゼクティブプロデューサー:岡本東郎 森重晃
プロデューサー:田辺隆史 行実良
企画:寺脇研
撮影:川上皓市
照明:川井稔 渡辺昌
編集:洲崎千恵子
音楽:下田逸郎
キャスト:柄本佑、瀧内公美
☆☆☆☆4
(カ)
「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」クエンティン・タランティーノ
タランティーノは、物語中心に凝縮して映画全体を構成するようなことをしない。だから、基本的に長い。この映画も2時間41分。物語で感動させたり、サスペンスで引っぱるのもうまくない。シチュエーションごとの緊迫感、サスペンスはスゴい面白いのに、映画全体は冗長になる。それは、タランティーノは無駄話(会話劇)や細部の描き込みが好きだからだ。シチュエーションごとのディテールにこそ、タランティーノの面白さがある。
この映画もまた、1969年という時代のハリウッド、LAの細部を楽しむべきなのだ。風俗、音楽、映画、テレビ映画、ファッション、パーティー。そこにある映画愛や時代への郷愁。シャロン・テートや、ロマン·ポランスキーだけではなく、スティーブ·マックィーンやブルース·リーなども役として登場する。悪役ばかりで落ち目になった役者のリック・ダルトン(レオナルド・ディカプリオ)と彼専属のスタントマンのクリフ・ブース(ブラッド・ピット)のバディ映画(相棒もの)である。
ロスの高級住宅街で暮らす俳優リック(ディカプリオ)とトレーラーハウスで犬と暮らすクリフ(ブラピ)は架空の存在である。その隣に「ローズマリーの赤ちゃん」の大ヒット映画を撮ったばかりの鬼才ロマン・ポランスキーと新妻女優シャロン・テート (マーゴット・ロビー )が引っ越してくる。史実としてのシャロン・テート事件をタランティーノ風にアレンジしていくのだ。おとぎ話のように。
エンタメ業界のセレブたちのが集まるパーティーの描写では、スティーブ・マックイーン(ダミアン・ルイス)も登場し、シャロン・テートの元婚約者の美容師ジェイ・セブリング(エミール・ハーシュ)とポランスキーとの奇妙な三角関係も紹介される。ちなみに、リックが「大脱走」にオーディションで残っていた話も語られ、「大脱走」のシーンをディカプリオが演じているお遊びも登場する。この映画のバイクシーンはきっとスティーブ・マックイーンのスタントマンもいたのだろう。実物の映画プロデューサー、マーヴィン・シュワルツもアル・パチーノが演じている。
同じように映画ネタのお遊びとしては、シャロン・テートが自分が出ている映画「サイレンサー破壊部隊」を映画館でお客さんの反応を見て喜ぶシーンが微笑ましい。その中でブルース・リー(マイク・モー)にカンフーアクションを習った場面も登場するし、クリフ(ブラピ)が映画撮影現場でブルース・リーと喧嘩をする場面まである。
物語の一つがディカプリオの俳優としての賞味期限を迎えての葛藤があり、セリフでNGを出して楽屋で自暴自棄になって大暴れしたり、いい演技ができて少女俳優に褒められ、涙を流して感激したりする。ギリギリの精神状態の中で役者をやり続けるプライドと孤独、そんな彼を陰で支えるクリフ(ブラピ)のタフさが対照的で面白い。マカロニウェスタンのエピソードは、クリント·イーストウッドを彷彿とさせる。
物語のヤマのもう一つは、クリフが後にシャロン・テート事件とも関係することになるヒッピーたちが住む西部劇撮影用の牧場に行く場面だ。まさに西部劇で知らない町に乗り込むカーボーイのように、クリフはヒッピーたちの世界に乗り込んでいく。史実的には、チャーリー・マンソンを教祖とする「マンソン・ファミリー」のヒッピーたちが暮らしていたところだ。訳のわからない異界への侵入と恐怖。ヒッピーたちのクリフに向けられる悪意に満ちた視線。まさに西部劇だ。
そしてラストの殺害場面。タランティーノの史実をアレンジした演出は、彼流のロマンなのだろう。この映画のシャロン・テートはほんとにキュートで可愛らしい。ミニスカートと白いブーツ。金髪美女の美しさ、華麗なる華そのものだ。時代の悲劇のミューズへの鎮魂なのか。殺害場面の残酷さは相変わらずだ。クリフの犬がこの映画でも大活躍する。「ジャンゴ」でも犬が腕を食いちぎるシーンがあったような気がする。事件があった日にちの時刻を入れながらの描写が、見ていてどう展開させるのか、興味を掻き立てられた。
全体的に長いながらも、楽しめた映画だ。懐かしい音楽が全編流れ、ベトナム戦争があり、ヒッピーたちが溢れ、セレブな成功者たちの華やかな光ともう一つの世界の闇。そんな世界で生きるリックとクリフとバディぶりがなんとも微笑ましい。
2019年製作/161分/PG12/アメリカ
原題:Once Upon a Time... in Hollywood
配給:ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
監督:クエンティン・タランティーノ
脚本:クエンティン・タランティーノ
製作:クエンティン・タランティーノ、デヴィッド・ハイマン、シャノン・マッキントッシュ
製作総指揮:ジョージア・カカンデスユ・ドン、ジェフリー・チャン
撮影:ロバート・リチャードソン
編集:フレッド・ラスキン
出演者:レオナルド・ディカプリオ、ブラッド・ピット、マーゴット・ロビー、エミール・ハーシュ、マーガレット・クアリー、ティモシー・オリファント、オースティン・バトラー、ダコタ・ファニング、ブルース・ダーン、アル・パチーノ
☆☆☆☆4
(ワ)
この映画もまた、1969年という時代のハリウッド、LAの細部を楽しむべきなのだ。風俗、音楽、映画、テレビ映画、ファッション、パーティー。そこにある映画愛や時代への郷愁。シャロン・テートや、ロマン·ポランスキーだけではなく、スティーブ·マックィーンやブルース·リーなども役として登場する。悪役ばかりで落ち目になった役者のリック・ダルトン(レオナルド・ディカプリオ)と彼専属のスタントマンのクリフ・ブース(ブラッド・ピット)のバディ映画(相棒もの)である。
ロスの高級住宅街で暮らす俳優リック(ディカプリオ)とトレーラーハウスで犬と暮らすクリフ(ブラピ)は架空の存在である。その隣に「ローズマリーの赤ちゃん」の大ヒット映画を撮ったばかりの鬼才ロマン・ポランスキーと新妻女優シャロン・テート (マーゴット・ロビー )が引っ越してくる。史実としてのシャロン・テート事件をタランティーノ風にアレンジしていくのだ。おとぎ話のように。
エンタメ業界のセレブたちのが集まるパーティーの描写では、スティーブ・マックイーン(ダミアン・ルイス)も登場し、シャロン・テートの元婚約者の美容師ジェイ・セブリング(エミール・ハーシュ)とポランスキーとの奇妙な三角関係も紹介される。ちなみに、リックが「大脱走」にオーディションで残っていた話も語られ、「大脱走」のシーンをディカプリオが演じているお遊びも登場する。この映画のバイクシーンはきっとスティーブ・マックイーンのスタントマンもいたのだろう。実物の映画プロデューサー、マーヴィン・シュワルツもアル・パチーノが演じている。
同じように映画ネタのお遊びとしては、シャロン・テートが自分が出ている映画「サイレンサー破壊部隊」を映画館でお客さんの反応を見て喜ぶシーンが微笑ましい。その中でブルース・リー(マイク・モー)にカンフーアクションを習った場面も登場するし、クリフ(ブラピ)が映画撮影現場でブルース・リーと喧嘩をする場面まである。
物語の一つがディカプリオの俳優としての賞味期限を迎えての葛藤があり、セリフでNGを出して楽屋で自暴自棄になって大暴れしたり、いい演技ができて少女俳優に褒められ、涙を流して感激したりする。ギリギリの精神状態の中で役者をやり続けるプライドと孤独、そんな彼を陰で支えるクリフ(ブラピ)のタフさが対照的で面白い。マカロニウェスタンのエピソードは、クリント·イーストウッドを彷彿とさせる。
物語のヤマのもう一つは、クリフが後にシャロン・テート事件とも関係することになるヒッピーたちが住む西部劇撮影用の牧場に行く場面だ。まさに西部劇で知らない町に乗り込むカーボーイのように、クリフはヒッピーたちの世界に乗り込んでいく。史実的には、チャーリー・マンソンを教祖とする「マンソン・ファミリー」のヒッピーたちが暮らしていたところだ。訳のわからない異界への侵入と恐怖。ヒッピーたちのクリフに向けられる悪意に満ちた視線。まさに西部劇だ。
そしてラストの殺害場面。タランティーノの史実をアレンジした演出は、彼流のロマンなのだろう。この映画のシャロン・テートはほんとにキュートで可愛らしい。ミニスカートと白いブーツ。金髪美女の美しさ、華麗なる華そのものだ。時代の悲劇のミューズへの鎮魂なのか。殺害場面の残酷さは相変わらずだ。クリフの犬がこの映画でも大活躍する。「ジャンゴ」でも犬が腕を食いちぎるシーンがあったような気がする。事件があった日にちの時刻を入れながらの描写が、見ていてどう展開させるのか、興味を掻き立てられた。
全体的に長いながらも、楽しめた映画だ。懐かしい音楽が全編流れ、ベトナム戦争があり、ヒッピーたちが溢れ、セレブな成功者たちの華やかな光ともう一つの世界の闇。そんな世界で生きるリックとクリフとバディぶりがなんとも微笑ましい。
2019年製作/161分/PG12/アメリカ
原題:Once Upon a Time... in Hollywood
配給:ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
監督:クエンティン・タランティーノ
脚本:クエンティン・タランティーノ
製作:クエンティン・タランティーノ、デヴィッド・ハイマン、シャノン・マッキントッシュ
製作総指揮:ジョージア・カカンデスユ・ドン、ジェフリー・チャン
撮影:ロバート・リチャードソン
編集:フレッド・ラスキン
出演者:レオナルド・ディカプリオ、ブラッド・ピット、マーゴット・ロビー、エミール・ハーシュ、マーガレット・クアリー、ティモシー・オリファント、オースティン・バトラー、ダコタ・ファニング、ブルース・ダーン、アル・パチーノ
☆☆☆☆4
(ワ)
「よこがお」深田晃司
深田晃司監督は不穏な空気を描くのがうまい。しかも、あまり説明がない。よくわからないのに不気味なのだ。よくわからなこそが不気味なのかもしれない。「淵に立つ」では、突然の闖入者の浅野忠信の正体不明さがその佇まいとともに不気味だった。夫との関係など、最後まではっきり示さないままだった。
今回の「よこがお」は、その女性版ともいえる作品だ。「淵に立つ」が、古舘寛治と浅野忠信の過去の関係からくる不幸の物語だったが、「よこがお」は、筒井真理子と市川実日子の女性二人の関係の微妙な変化からくる不幸の物語である。
オープニング、筒井真理子が「ご指名ですね」などと言われながら店にやってくる。なにやらホストクラブとかいかがわしい店かと思いきや、普通の美容室である。美容師の池松壮亮との関係も、知り合いのようなそうでないような微妙な空気が流れる。そして、過去の筒井真理子が訪問看護で働いている場面になる。老婆を丁寧に看護していて、その孫娘の市川実日子が映る。
筒井真理子が自転車で帰っていくのを市川実日子が2階の窓からジッと見ている場面を印象的に描き、会社に戻って飲みに行く誘いを断り、再び筒井真理子はファミレスで市川実日子と妹役の川隅奈保子と一緒に勉強をしている場面になる。この勉強会がなんとも不自然な感じだ。最初、新興宗教や訪問販売などの怪しい勉強会か、なんて思ったが、どうやら普通の学校の勉強を教えているようなのだ。妹は塾に行く前なのに、わざわざ筒井真理子に教えてもらい、市川実日子がなぜ筒井真理子に勉強を教えてもらっているのかの説明もない。だから、不思議な女性3人の集まりとしか見えない。そこにやってくる筒井真理子の甥…。何の本を持ってきたのか、彼の登場もやや意味不明で説明不足。
続いての場面は、筒井真理子が池松壮亮と偶然のように出会い、連絡先を交換し、夜も家の窓から彼の生活をストーカーのように監視続ける不自然さ。やがて、池松壮亮の元に来る女性は、市川実日子らしいのだが、ここでは顔はハッキリと映し出されない。筒井真理子は、その彼女に敵意の犬の遠吠えをし、公園で犬になった夢まで見る。四本足で犬のように歩く筒井真理子は異様だ。いったいどんな女なのだ、どんな物語なのかと、観客はそのあまりの不自然さと説明不足に、不審さ・不穏さを募らせる。
物語は、髪を切って仕事を辞め、池松壮亮との関係を持とうとする筒井真理子と、老婆を訪問看護で丁寧に介護し、その家の孫娘の市川実日子と会話する過去の筒井真理子の二つの時間が交互に描かれる。動物園の場面は、まさに2つの時間、現在(筒井真理子と池松壮亮)と過去(筒井真理子と市川実日子)が繋がって描かれる。
詳しい説明をしないまま、物語が不自然なままに進んでいく展開は「淵に立つ」によく似ている。映画では、その後、ある事件が起きて、筒井真理子がその事件に巻き込まれて転落していく様と、市川実日子との不思議な関係が、次第に明らかになる。謎がわかってくる恐怖などサスペンスとして見応えがある。しかし、事件そのものは全く描かれない。見せないこと、ハッキリさせないことで想像がいろいろと膨らむ。いろんな考え方、見方ができる映画なのだ。
なんと言っても二人の女優が素晴らしい。池松壮亮のいつもののらりくらりしたつかみどころのない演技も効果的で、彼の本当の気持ちがよくわからないままだ。本人にさえもわからない心の動きと行動。市川実日子は、人間の謎と不気味さを体現している。つい言ってしまった過去の言葉が、捻じ曲げられていく過程、お決まりのメディアの暴力。誰も本当のことなど語らない。本当とはナニ?人間の多面性。ある言葉は、語る人や状況によって、どんどん別のものになり、誤解が膨らんでいく。言い訳しても、誰もわかってくれない。そんな空気の変化の恐ろしさが、見事に描かれている。
ラスト、車をパーキングからドライブにして、ゆっくりと動き出す場面が恐ろしい。そしてクラクションの鳴り続ける音、サイドミラーに移る彼女の顔と風の音など、音が見事に効果を上げている。今年の注目の1本であるのは間違いない。
製作年:2018年
製作国:日本=フランス
配給:KADOKAWA
上映時間:111分
監督:深田晃司
製作:堀内大示、三宅容介
プロデューサー:Kaz、二宮直彦、二木大介、椋樹弘尚
原案:Kaz
脚本:深田晃司
企画:Kaz
撮影:根岸憲一
編集:深田晃司
音楽:小野川浩幸
キャスト:筒井真理子、市川実日子、池松壮亮 、吹越満、大方斐紗子、川隅奈保子
☆☆☆☆☆5
(ヨ)
今回の「よこがお」は、その女性版ともいえる作品だ。「淵に立つ」が、古舘寛治と浅野忠信の過去の関係からくる不幸の物語だったが、「よこがお」は、筒井真理子と市川実日子の女性二人の関係の微妙な変化からくる不幸の物語である。
オープニング、筒井真理子が「ご指名ですね」などと言われながら店にやってくる。なにやらホストクラブとかいかがわしい店かと思いきや、普通の美容室である。美容師の池松壮亮との関係も、知り合いのようなそうでないような微妙な空気が流れる。そして、過去の筒井真理子が訪問看護で働いている場面になる。老婆を丁寧に看護していて、その孫娘の市川実日子が映る。
筒井真理子が自転車で帰っていくのを市川実日子が2階の窓からジッと見ている場面を印象的に描き、会社に戻って飲みに行く誘いを断り、再び筒井真理子はファミレスで市川実日子と妹役の川隅奈保子と一緒に勉強をしている場面になる。この勉強会がなんとも不自然な感じだ。最初、新興宗教や訪問販売などの怪しい勉強会か、なんて思ったが、どうやら普通の学校の勉強を教えているようなのだ。妹は塾に行く前なのに、わざわざ筒井真理子に教えてもらい、市川実日子がなぜ筒井真理子に勉強を教えてもらっているのかの説明もない。だから、不思議な女性3人の集まりとしか見えない。そこにやってくる筒井真理子の甥…。何の本を持ってきたのか、彼の登場もやや意味不明で説明不足。
続いての場面は、筒井真理子が池松壮亮と偶然のように出会い、連絡先を交換し、夜も家の窓から彼の生活をストーカーのように監視続ける不自然さ。やがて、池松壮亮の元に来る女性は、市川実日子らしいのだが、ここでは顔はハッキリと映し出されない。筒井真理子は、その彼女に敵意の犬の遠吠えをし、公園で犬になった夢まで見る。四本足で犬のように歩く筒井真理子は異様だ。いったいどんな女なのだ、どんな物語なのかと、観客はそのあまりの不自然さと説明不足に、不審さ・不穏さを募らせる。
物語は、髪を切って仕事を辞め、池松壮亮との関係を持とうとする筒井真理子と、老婆を訪問看護で丁寧に介護し、その家の孫娘の市川実日子と会話する過去の筒井真理子の二つの時間が交互に描かれる。動物園の場面は、まさに2つの時間、現在(筒井真理子と池松壮亮)と過去(筒井真理子と市川実日子)が繋がって描かれる。
詳しい説明をしないまま、物語が不自然なままに進んでいく展開は「淵に立つ」によく似ている。映画では、その後、ある事件が起きて、筒井真理子がその事件に巻き込まれて転落していく様と、市川実日子との不思議な関係が、次第に明らかになる。謎がわかってくる恐怖などサスペンスとして見応えがある。しかし、事件そのものは全く描かれない。見せないこと、ハッキリさせないことで想像がいろいろと膨らむ。いろんな考え方、見方ができる映画なのだ。
なんと言っても二人の女優が素晴らしい。池松壮亮のいつもののらりくらりしたつかみどころのない演技も効果的で、彼の本当の気持ちがよくわからないままだ。本人にさえもわからない心の動きと行動。市川実日子は、人間の謎と不気味さを体現している。つい言ってしまった過去の言葉が、捻じ曲げられていく過程、お決まりのメディアの暴力。誰も本当のことなど語らない。本当とはナニ?人間の多面性。ある言葉は、語る人や状況によって、どんどん別のものになり、誤解が膨らんでいく。言い訳しても、誰もわかってくれない。そんな空気の変化の恐ろしさが、見事に描かれている。
ラスト、車をパーキングからドライブにして、ゆっくりと動き出す場面が恐ろしい。そしてクラクションの鳴り続ける音、サイドミラーに移る彼女の顔と風の音など、音が見事に効果を上げている。今年の注目の1本であるのは間違いない。
製作年:2018年
製作国:日本=フランス
配給:KADOKAWA
上映時間:111分
監督:深田晃司
製作:堀内大示、三宅容介
プロデューサー:Kaz、二宮直彦、二木大介、椋樹弘尚
原案:Kaz
脚本:深田晃司
企画:Kaz
撮影:根岸憲一
編集:深田晃司
音楽:小野川浩幸
キャスト:筒井真理子、市川実日子、池松壮亮 、吹越満、大方斐紗子、川隅奈保子
☆☆☆☆☆5
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